林浩平の《饒舌三昧》

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<<   作成日時 : 2007/04/07 00:58   >>

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 世にまじり立たなんとして 朝寝かな   (松本 たかし)

 春眠暁ヲ覚エズ。「朝寝」は春の季語です。さあ明日こそは早起きして世間様に顔向けのできる仕事をしよう、と念じたのですが、暖かい春の大気、やっぱり朝寝坊してしまった、という後悔を詠みます。作者は能楽の宝生流の家に生れ幼年に初舞台を踏むものの病弱のため能役者の道を断念、俳句に専心します。しかしこの名前、元能役者の俳人とはとても思えません。市会議員にでも立候補したオジサンか、売れないお笑い芸人の名前です(笑)。ひょっとしたら「赤いスイートピー」や「ルビーの指環」を作詞した元はっぴい・えんどのドラムと勘違いしたかたもおられるかも。あっちは「松本隆」ですが。

 吉増剛造さんに哲学者のジャック・デリダの死を追悼した詩篇があるのをご存じのかたは少ないようです。「デリダ行」と言います。2004年の10月にデリダの訃報を聞いた奄美で編集者に促されるまま即興的に書き上げたもので、「現代思想」12月号に載りました。はっきり故人の名を題にした追悼詩を吉増さんが書かれるのはきわめて異例のことです。(3日の読売の夕刊に載った吉増さんの島尾ミホさん追悼の文章は哀切感に満ちた素晴しいものでしたが。)それだけデリダという存在が吉増さんのなかで大きな比重を占めていたとも言えるでしょう。鵜飼哲さんとの親密な交友というのも、鵜飼さんがパレスチナとの連帯を媒介にしてデリダの大きな信頼を得ていたところにも関わるでしょう。

 前にもここに書きましたが、僕などもかつて豊崎光一氏や高橋允昭氏らの紹介を「アリアドネの糸」にデリダの文章を熟読した時期がありました。しかし80年代に入ってマンデラ支援の活動などから目立って政治参加の姿勢を鮮明にしだしたデリダにはやや違和感を覚えたのも事実で、その後の著作はしばらくフォローしなかった頃があります。近年はデリダの本といえば海外の新刊が片端から翻訳され出版されるほどの知的ヒーローのひとりですが、でも「政治化」?以前の著作のなかにまだ書物になっていないのがあり、これは誠にもったいない話です。『弔鐘(グラGlas)』や『絵葉書』なんてどうして一冊にならないのかな。

 先日そのデリダの伝記に目を通していたら興味深い話がいくつも載っていました。1930年にフランス領のアルジェリアで生れた時、付けられた名前はジャッキーJackieだったそうです。ジャッキー・デリダ。ジャッキー・チェンなら納得ですが(笑)、哲学者の名前としては軽すぎますね。さっきの俳人の場合と同様です。本人もさすがにこのヤンキー風の名前には閉口したようで後年ジャックJacquesと改名したそうです。そして誕生日が7月15日。これはデリダの敬愛するベンヤミンと同じですから、アドルノ賞受賞講演の『フィッシュ』のなかでちょっと自慢げに?吹聴しているのが可愛いです。

 それからリセの中学生時代にはサッカーに熱中して将来はプロのサッカー選手になる夢を持ったと言うのですから、現役のサッカープレーヤーとしては嬉しい話です(笑)。サッカー仲間との記念写真も出ています。また若いデリダはフランスの進学受験制度にずいぶん苦労をしています。バカロレアという大学入学資格試験には一度失敗。さらに進学先に選んだエコール・ノルマル(高等師範学校)には三度目の受験でやっと合格。ばりばりの優等生エリートというわけではなかったのです。まあ彼はユダヤ人であり、アルジェリアという辺境出身者でもあって、マージナルなものの刻印は常に自覚したでしょう。だからこその「脱構築」思想だったでしょうがね。

 デリダから話はイッキに山手線に飛びました。数日前にJR山手線に乗ったら、車額ポスターに見覚えのある男の姿が出ています。誰?と近寄ると、あの『阿房列車』で旅をした時の内田百關謳カではありませんか。いや正確にはその百閧フ着ていた背広やステッキ姿でポーズをとるソックリさん(ソックリでもないですが)。ちゃんと旅のお供のヒマラヤ山系君(平山三郎)も、あれは確か九州を回った時に同道したカメラマンの「何樫君」も一緒。百關謳カご一行の道中カットが何枚かありました。ロケ場所は岡山県の名所各地のようです。ははん、これはJR西日本の岡山観光をPRするポスターですね、了解します。岡山出身の百關謳カの人気とその愛すべきキャラクターに眼をつけたところはなかなかニクイです。JR系のCMは総じて出来がよろしい。気がつくと降りる予定の駅に到着するところだったので、心ゆくまでポスターを鑑賞できなかったのが残念ですが、気になったのはそのキャプションです。文体がまるで百闥イではないのです。これでは「画龍点睛を欠く」、プロのコピーライターならば百閧フ文体模倣にくらいは挑戦して欲しいものですね。

 百閧ェどこかで自分の文章の秘訣について語っているのを思い出します。体験したことをみんな思い出として記憶の貯蔵庫に溜めておき、それが熟成?するのを待って筆をとるのだと言います。だからあの『阿房列車』シリーズだって用のない気ままな列車の旅をして帰ってきた後に、おそらく旅の途上のメモなどほとんど見ないで、「思い出」となった事柄を叙述するのでしょう。しかしそれがつい今しがたの出来事のようにありありと読者の眼前に姿を現すのですから、そこは百關謳カの文章の秘術です。きっとここにもプルースト、或いはベルクソンは潜みますよ。無意志的記憶のよみがえり、間歇泉のような「思い出」のほとばしりです。うーん、そうかあ、ならば安直な文体模倣なんてセコイ手ではなかなか通用しないかもしれませんね。

 さて、引用句です。デリダで行きましょう。パウル・ツェランの詩を論じた重要な一冊からです。(しかし、論じられるのがツェランである以外に、『ごろごろ』などの吉増剛造(ゴースト・ゴーゾー)ではないのか、と思うのは、小生ひとりでしょうか。)

「言葉の亡霊じみた彷徨。こうした亡霊的再来は言葉に偶発的に、つまりこっちにはやって来るがあっちは免れるというような死の後に、訪れるのではない。亡霊的再来はその最初からしてすでにあらゆる言葉の分け前(パルタージュ)なのだ。あらゆる言葉はつねに幽霊であったということになるであろう。」
                     (ジャック・デリダ 『シボレート』)

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