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秋鶏(しうけい)が 見てゐる 陶(たう)の卵かな (飯田 蛇笏) 今日など空の青みにどこか秋の気配が混じり、夜になると微風もさらさらと心地良く入り込んで、秋近しを実感します。ただそうはいえ、まだ残暑は続きますからここで「秋鶏」を出すのもちょっと気の早い話でしょうがこの句、しばらく前に本のなかに見つけて惹かれるままにご紹介します。作者はご存じ蛇笏さん。あの芥川龍之介が心底敬服したのは、森鴎外とこの蛇笏ではなかったでしょうか。(文学史的には芥川、まあ漱石の一番弟子で、志賀直哉に憧れた、ということになりますが。)ことほどさように近代俳句の世界のなかでは別格の、質の高い佳句をたくさん残した名匠!と言うべきでしょう。庭に放し飼いされた鶏が一羽、巣に置かれた陶製の擬卵をじっと見ている、というわけです。「これ、ほんとのタマゴじゃないわ」と見透かしているのですね(笑)。秋という季節感がこの頭のいいニワトリの存在の輪郭を際立たせます。 さて今日は、四国は愛媛県の久万(くま)高原町、といっても多くのかたはご存じないかもしれませんが、松山市の郊外にある平均標高800mという山の町ですが、その町営の久万美術館のことをちょっと詳しく紹介しようと思います。ここは平成元年にオープンしたので歴史はちょうど20年。近年は日本列島プチ美術館や文学館のブーム?で、まあたくさんの施設が出来てますが、しかし久万美はそんじょそこらの、といっちゃあ失礼ですが、あまり特徴もないところとは違って、いわば大きな文化的発信力を持った美術館です。まず館蔵品の中心をなす井部コレクションというのが、日本の近代洋画の渋い名品揃い。コレクターの井部氏が寄贈したものですが、収集にあたってのアドヴァイザーが洲之内徹だったというのですから、その目録の充実ぶりはご想像ください。それに加えて、毎年10月から開催される独自企画展というのが個性的です。ここは話を早くするために美術館のHPをご覧くださいな。 http://www.kumakogen.jp/culture/muse/ というわけで、意欲的な姿勢がおわかりいただけるでしょう。この久万美術館の今年度の新企画展が、「万作と草田男―「楽天」の絆」展です。旧制松山中学で大正時代に作られた文芸雑誌に「楽天」がありました。雑誌といっても当時のことですから、限定一冊の回覧雑誌。そこに加わったメンバーには後の映画監督の伊藤大輔に伊丹万作、それに画家の重松鶴之助、そして俳人となる中村草田男らがいたわけです。これだけの才能が大正時代という良き時代とはいえ、ひとつの城下町のひとつの学園に集結した、というのも稀有なことでしょう。ここは松山という俳都であり、子規以来、高浜虚子や河東碧梧桐らを生んだ文化伝統をさらに新しいものに形成しつつある近代都市だった、という点も大きいでしょう。漱石も『坊ちゃん』でお馴染みのように松山中学に一年いたわけで、間接的に影響を与えたのかもしれません。戦後は松山中学は松山東高校となりますが、そこでは万作の息子伊丹十三と大江健三郎氏が出会います。またさらにその周辺には「広告批評」の天野祐吉氏もいたそうですね。おかしいのは、彼らが歌った東高の校歌を作詞したのが、やはりOBで『気まぐれ美術館』でお馴染み洲之内徹氏だった、ということですが。 今回の企画展は、そのなかでもとりわけ精神的な結びつきの強かった万作と草田男のふたりにスポットを当てて、彼らの業績を新たな視点からもう一度見直しながら、その青春時代の相互友愛の意味を確かめよう、というものです。ただ問題は、映画監督と俳人の仕事を美術館という場でどう「見せる」ことが出来るか、です。もちろん万作は若い頃は挿絵画家としてかなり活躍したのでその絵とか映画映像はありますし、草田男だって色紙短冊原稿になかなか味わい深い絵画作品も残します。しかしそれでは正直弱い。そこで、これは高木館長のアイデアですが、万作と草田男、ふたりをいわばテーマとする映像作品を新たに撮り下ろして、それを新世紀のいまからの「楽天」時代のふたりへ送るオマージュとしようというコンセプトを設けました。さてそうした一連の企画を展開するうえでのコーディネートをお手伝いするべく、かく申すわたくしがのこのこ顔を出した、という次第です。 じゃあどうして当方がそのお役目なのか、と申しますと、ちょうど昨年のこの久万美の企画展として開催した彫刻家の森堯茂(たかしげ)さんの回顧展のコーディネートを森先生の古い!友人である小生が担当した、というご縁がまずあります。30年前!にNHK松山局のディレクターとして赴任して以来、松山の街は第二の故郷です。それに草田男原作のメルヘン集『風船の使者』というのをディレクター時代にラジオドラマの原作として使わせていただき、当時80歳の草田男さんから使用許可のお葉書を頂戴した、という経験もあるのです。また10年ほど前にはやはりNHKのテレビ番組「愛媛俳人グラフィティー」の企画と構成を受け持った折にも草田男ミニドキュメンタリーを作っていますから、今回のお役目もぜひ引き受けたいところでした。ともあれ、それで懸案の映像作品ですが、草田男パートを詩人で映画監督でもある稲川方人さんに、万作パートを気鋭の映像作家の狩野志歩さんにお願いをしたという次第でした。稲川監督の作品は「1916年のクラス」と名づけられます。1916年つまり大正5年の松山中学のクラス周辺にいた草田男と万作らとの友情、それを主題に、ロケ地の松山を丹念に歩いてロケハンされた稲川さんがこの8月になんでも市内20ヶ所でロケされ、〈松山〉とその街のひとびとを撮りました。さあどんな映画となったでしょうか。たいへんたのしみ。そうそう、ちょっとこのブログも覗いてくださいな。久万美術館の学芸担当のJさんが館の活動をPRすべくいろんなトピックを綴っていますが、稲川組のロケシーンもありますよ。 http://kumabi.de-blog.jp/ もうひとつの万作パート、こちらは狩野さんが目下何百枚のスチールとヴィデオ映像などを相手に格闘中のよし、こちらの完成も待ちどおしい限りです。 ついでに久万美術館、もうひとつ。Jさんが書かれる久万美ブログのなかにすでに告知がありますが、来年度の秋の企画展もちょっとユニークです。久万の地元や愛媛とはまったく縁のなかった、東京で活動する三人の若い女性写真家さんらにこの久万高原町を被写体として自由に撮っていただき、まったく新しい視座から町自体を「再発見」しようという企画を実はもう発進しています。名づけて「Un nouveau regardアン・ヌーヴォ・ルガール――ふるさと再発見・久万新映像紀行」。副題がなにやらNHKっぽいですが(笑)、「新しい眼差し」という主題をちょっと気取ってあえてフランス語で行きましょうよ、と提案しています。久万高原町、実は愛媛県随一の広さなのですが、そのなかには奇岩で名高い岩屋寺や面河渓谷やいくつもの滝、それに縄文時代の遺跡に古い街道など、魅力的な被写体がたくさんありますから、いろんな展開の可能性をはらみます。参加くださるのは、萱原里砂さん、笹岡啓子さん、高橋あいさんの三名。もう夏場の撮影を終えたところです。これから秋、冬、春と四季それぞれの表情がカメラに収められます。そして来年の10月にはお披露目。そんな次第で、どうぞ皆さん、久万、そして松山、とってもいいところですから、ぜひお訪ねください。今日は久万美PR版でした(笑)。 引用句です。はじめにご紹介した蛇笏の句に戻ります。蛇笏が長年暮らしたのは、久万高原町同様(笑)山深い甲斐の国の村。山梨県は東八代郡境川村という土地でした。日々の暮らしのなかで小動物に出会う機会も多かったでしょう、たくさんそれらを俳句に詠んでいます。「秋鶏」の句もそのひとつ。安東次男さんがそうした蛇笏句について見事な解説をしていました。 「蛇笏の詠んだ小動物は荒魂和魂(にぎたま)兼ねそなえていて、容易なことでは飼いならせそうもない相貌を持っていた。/こせこせしない山国の自然に四時つつまれて住んでいて、一日に何度かは空の深さを存分にたしかめることをごく自然な日常としていれば、こんな句が生れるのかとも思うが、不思議な句である。」 (安東 次男 『花づとめ』) |
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林さんのこの記事を読んでいたおかげで、今日の朝日新聞に掲載された大江健三郎氏のコラムの内容が良く理解できました。 |
熊鷹@ゆらくらす 2008/09/17 22:53 |
今日(17日)の朝日朝刊に載った大江さんのエッセイはまさに高校生時代の親友・伊丹十三の思い出でしたね。2歳年上のこの早熟児の妹が大江氏夫人のゆかりさん。これ、今NHKの「知るを楽しむ」で火曜に放送している伊丹十三の番組を大江さんが観たところから綴られたもの。確かに「熊鷹」さんの仰るように、人間関係を知っていないとヤヤコシイ文章かもしれません。このエッセイでは最後に、万作と十三のふたりがいま注目されている、と述べられますが、久万美術館での「万作と草田男」展のこと、もしかして大江さんもご存じなのでしょうか。気になりました(笑)。そう、それからちょうど去年に松山市には伊丹十三記念館がオープンしましたから、松山への旅の際にはぜひどうぞ。おおいに見所のあるところですよ。 |
ミニヨン 2008/09/18 00:38 |
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