林浩平の《饒舌三昧》

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help リーダーに追加 RSS 久万美術館「万作と草田男」展オープンです(松山・久万滞在記)+稲川方人映画と狩野志歩作品

<<   作成日時 : 2008/10/06 12:32   >>

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 あちこちの 祠(ほこら)まつりや 霧の秋     (芝 不器男)

 日本列島各地では秋祭りの季節。たくさんの神社で祭礼が催されます。不器男の暮した四国は愛媛県の南予地方でも町中の大小の祠に供え物が並べられ、神輿が練り出したことでしょう。この句、そんな季節を迎えた朝、露がしっとりおりた景色を眺めながらの感慨ですね。

 さて、その不器男も17歳から3年間、旧制松山高校生として過ごした街が愛媛県の松山市。その近郊の久万高原町の久万美術館では、まさしく旧制中学高校時代の友情をテーマとした「万作と草田男―「楽天」の絆」展が始まりました。4日のオープニングでは、草田男の世界を描いた稲川方人さん、万作の世界を主題にした狩野志歩さんおふたりの映像作品の上映と、稲川さん狩野さんによるトークセッションがあり、小生もトークの司会役も兼ねて久万に赴きました。宿泊したホテルのある松山、ここもやはり秋祭りを迎えます。市内各所に注連縄と白い紙の幣(ぬさ)が張られて、柔らかい秋の日差しを浴びていました。

 松山に到着したのは前日の3日。まずはロープウェイ街裏にある茶房「ひょん」を訪ねて、稲川さんと待ち合わせです。ママさんが写真家なので市内の写真関係者を中心とした面々が集まるというこのお店、今回の稲川映画にも登場します。また稲川組のロケの際には基地の役目も果たしたそうです。古い民家を改造した店内の作りはなんともやすらぎ感をもたらしますね。しばしここで珈琲をいただいて寛ぎました。稲川監督、しかしこの日は明日の上映に備えて美術館で映像チェックの作業あり。いったんお別れして、さて僕も「ひょん」を出ます。道後温泉の裏手にある鷺谷墓地を訪ねました。ここに中村草田男の分骨されたお墓があるのです。墓石はちょうど松山城のほうに向かって建っています。草田男さんの霊前に手を合わせて、今回の企画展、ここまで来たことのお礼を申し上げました。それから道後に戻り、通称「ネオン坂」界隈をしばしうろつきます。ここも稲川映画の撮影場所。旧青線地帯で古くからの色町でした。今はさびれて廃屋も並び、それが独特の情緒を醸します。このあたり、旧地名は松ヶ枝町。稲川映画では挿入歌として「松ヶ枝エレジア」が歌手の翔子さんのスキャットで歌われました。明日のトークの際にはそれに稲川さんが新しく詩(詞)をつけた歌が翔子さんによって披露されるよし、さあどんな歌となるでしょう。たのしみです。

 明けて4日土曜日。幸いお天気にも恵まれました。開展式びよりです。草田男三女の弓子さんも前日に松山入りされています。弓子さんともども高木美術館長の車に乗せていただき高原の町まで。さて午後1時から来賓多数をお招きしてのセレモニー。そして1時半よりふたつのブースに別れての二本の映像作品の上映です。稲川監督作品「1916年のクラス」、先日京橋で試写会があって一度じっくり鑑賞したことはこのブログでも報告しましたが、今日が本番上映です。ブースには大勢の観客を迎えます。ほとんどのかたが松山などにお住まいですから、さあここに現れる地元の風景をどのようにご覧いただけるでしょうか。映画は本四連絡架橋を渡って松山へと向うJR線の車窓の風景から始まります。カメラの眼は故郷松山に帰る草田男の霊魂となって市内を彷徨います。この街で、旧制中学生だったころ、草田男は親友伊丹万作と出会い、生涯に亘る友情を結びました。映画の草田男の声は、昭和21年に万作が亡くなった後に君子未亡人に宛てた手紙の引用から構成されるものですが、まるでそれは稲川方人その人の詩作品のようでもあって。図録に収められた監督自身の創作ノートには「この映像にもし主題を見出すとしたら、松山の街の記憶の底から、再会の叶わない人々の生の面影をささやかにでも招き出すこと、これに尽きるだろう」とあります。

 さてお隣のブースでは、映像作家狩野志歩さんの「シノノメ、オモゴ、イシヅチ へ」と題されたヴィデオアート作品の上映です。シノノメとは市内の東雲神社のこと。青春時代の万作との交友を味わい深い筆致で描いた草田男の短篇小説「夜桜―池田の結婚」の舞台がこの東雲神社。そこで撮影された寒桜の映像が自由に溶けだして狩野志歩ワールドに惹き込まれます。またオモゴとは面河渓谷。この久万高原町にある名勝の地に、戦前の或る日万作一行が観光?にやってきた時のことを、たまたま出くわした洲之内徹が万作追悼特集の雑誌に綴っています。洲之内といえば松山出身の美術評論家で、この久万美術館の収蔵品(井部コレクション)の選定にも関係があったというので久万とも縁を持ちます。しかしこの洲之内のエッセイ、はたしてあの時会ったのは本当に万作だったのか、という記憶作用の誤認の可能性にも言及して、記憶装置のフシギが語られます。狩野さんはそこに着目して、面河の緑とせせらぎの風景がダリの「記憶の変容」のようにぐにゃり?と溶けだしていく過程を描きます。そして映像はオモゴのさらに奥に控える石鎚山のシルエットに。何箇所かに万作の監督作品「国士無双」の映像が引用されますが、そのコラージュも実に鮮やかですね。狩野さん、万作作品を使っての万作へのオマージュを、という難題、見事にクリアしたうえで、新しく美しい映像作品を生んでくださいました。

 ひとわたり映像作品の鑑賞が終ったところで、エントランスにてのトークセッションです。この場で作家おふたりが実に明解に自作の創造プロセスなどもお話くださったので、大勢の聴衆のかたがたも「納得!」というお顔でしたね(笑)。そして最後に、草田男映画で歌われた「松ヶ枝エレジア」の歌詞付きヴァージョンがわざわざ東京からいらしてくださった翔子さんと作曲の二瓶龍彦さんによって演奏されます。「忘れ形見のネオン坂/霧雨淡い松ヶ枝に/わたしの暮らした家がある」。なにやらモダン演歌、といった風情。いいですねえ。ここに亡き阿久悠氏に代わる名作詞家がひとり誕生しましたよ(笑)。

 そしてその夜は美術館から少し山の奥に入った町営施設でウチアゲの懇親会。町長氏がスタッフとゲストを労ってくださいます。町内で収穫された野菜と伊予牛での焼肉パーティーです。それから二次会は車で山を降りて松山まで。全日空ホテル14階のバーラウンジで二度目のカンパイ。松山の夜景を眺めながらのお酒は格別です。さてその次は、やはり「1916年のクラス」に登場するバー「露口」に河岸を替えての三次会。ここではスタッフとゲストが店の一角に集まって集合記念撮影。まさに「2008年のクラス」のスナップです。いや愉快です。そして大ウチアゲ宴はここでお開きとなったのですが、なお別れづらい有志はもう一軒のスナックまで。四次会からホテルに戻るとすでに午前三時を回っていました。以上、「万作と草田男」展オープニング報告。11月24日までの会期中に松山方面を訪ねる折のあるかたがた、ぜひ久万にいらしてください。

 さてお別れの引用句です。先日愛媛県は長浜町出身の歌人・高野公彦さんとはじめてお目にかかったことはここに綴りました。高野さん、「愛媛の話が出来て嬉しく」と、さっそくご自身の歌集を送ってくださいます。この歌など気に入りました。

「秋の夜のドアをとざせば秋の夜ののつぺらぼうの独りとなりぬ」
                                         (高野 公彦    『天平の水煙』)

 

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