林浩平の《饒舌三昧》

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help RSS 日本現代詩歌文学館ご案内+岩手県美の黒田清輝展、見応えあります

<<   作成日時 : 2010/08/14 16:31   >>

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 青空に飽きて向日葵(ひまはり)垂れにけり    (篠原 鳳作)

 鹿児島出身の鳳作は昭和11年に30歳の若さで亡くなっていますから、ここではお馴染みの芝不器男とは同時代人であり、かつまた同様に「早世の詩人」でもありました。無季の新興俳句運動を推進しようとしたのですが、この句など真夏の日盛りのヒマワリを擬人法を用いて描いた立派な写生句です。不器男と鳳作、もし命永らえて、戦後も旺盛に活動を続けたとしたら現代の俳句シーンも様相を異にしていたでしょう。

 さて、岩手県の北上市に日本現代詩歌文学館があるのをご存じでしょうか。現代詩や短歌、俳句に関心があるひとでも漠然とその存在を知っているだけ、というくらいかもしれません。文学の世界で、一般社会に認知されやすいのは小説ジャンルですが、詩と短歌、俳句はそこに関心のあるひとはすなわち書き手でもある、という構図が成り立つでしょう。また小説の本は、一般的に言って、商品価値を持つものでなくてはなりませんが、詩、短歌、俳句(あ、この文学館では川柳も独立したジャンルとしての扱いです)の場合はいわゆる自費出版の形で書物化されるのが当たり前の世界。となると、こうした詩歌ジャンルだけを特化して書物を収集所蔵する文学博物館が必要になるわけです。今年はここが創立されてから二十年目のよし。詩歌文学館賞もすでに24回にわたって授与されてきました。先日、この文学館を初めて訪ねた次第です。

 東京駅から東北新幹線で北上まで。市の中心部の緑の多い公園の一角に建物はあります。建物の構えはなかなか立派で堅固な感じ。二階の展示室ではいまの企画展を開催中。ほほう、岩手出身の石川啄木をテーマとした詩と短歌と俳句、川柳作品が選ばれて、作者の自筆原稿が展示されていますね。この企画のための書き下ろし作もあって、しかし啄木という個性は主題化しやすいのでしょう、なかなかヴァラエティー豊かな展開。おやおや吉増剛造さんも啄木にまつわるエッセイの校正刷りを素材とした例のマジックメモを作品として展示されています。しかしもし小生に啄木で詩篇を、という宿題を出されたらどうしましょう。そう、啄木のローマ字日記、これは一時愛読して大学の授業のテキストとして取り上げたこともあるので、ここらあたりからポエジーの発火点を求めましょうか。

 館内には井上靖記念室があります。当館の名誉館長の作家井上靖はいっぽうで詩人でもあって、詩集の『北国』は代表作でしょう。この記念室、しかしうすぼんやりと眺めていたのではせっかくの仕掛けに気づかないままで出てしまうことになりますよ。いくつも設置された箱状のものをゆっくり開けてみましょう。するとそこには色んな仕掛けがあって、それも今風デジタル系ではなくカラクリ人形式?のアナログ型の装置が作動して、画面には様々に工夫されて井上靖の詩が紹介されるというわけです。いや恐れ入りました。どれも幻想的な雰囲気をよく湛えています。それに床にごく近い場所には小さな覗き穴。ここを覗くと井上靖本人の肖像やスナップが見えます。この空間、六畳か八畳くらいでしょうか、自伝小説『しろばんば』で主人公が祖母と住んだ伊豆の屋敷の土蔵のなかをイメージして設計されたとか。ここはなかなかの傑作というべきでしょう。

 ちょうどそこに入ってこられた上品なご婦人を学芸員の豊泉さんに紹介いただきました。こちらは井上靖氏のご令嬢、おや、これまた偶然ですね、当館にご来訪中だったとのこと。お父様執筆時のエピソードなどをうかがいました。詩人としての井上靖ということで思い出すのが、詩人の吉岡実さんと渋谷道玄坂の珈琲店で何度かお会いした際のやりとりです。小生の最初の詩集『天使』を出した後でしたので、吉岡さん率直な話ぶりで感想を伝えてくださったのです。「入沢康夫君のパロディーも面白かったけど、一番気に入ったのは「カフカのうわさ」だね。」この評も意外でしたが、「キミの詩のスタイルは井上靖に似ているよ」と言われたときも驚きました。というか、こちらは井上靖というと中学校の読書感想文で読まされた『しろばんば』や『天平の甍』の作家ですから、詩人として意識もしていなかったのです。後から慌てて『北国』などに目を通しましたが、当時1988年ころの現代詩の言語観から行けば、難解派エクリチュールこそが王道でしたから、井上靖流のシンプルで散文同様の文体というのは、「古くさい」もの。ただ吉岡さん、ご自身は晩年あんな重厚かつ倒錯的な文字言語派だったのに、詩人としての井上靖を評価していて、本の装丁もいくつか手がけられたよしでした。吉岡さん、井上氏ともに鬼籍に入られて、彼らの仕事も相対化?できるようになりましたかな。それにしても傑出した「読み巧者」だった吉岡さんからの評、もう一度反芻しましょう。

 北上市からJR東北線で北にしばらく行くと岩手の県庁所在地の盛岡です。ここを昨年の七月以来訪問してきました。盛岡駅から西にバスで10数分の敷地に岩手県立美術館が建ちますが、 昨年の春からここの館長を知友の原田光さんが務められています。現在は企画展として黒田清輝の回顧展を開催中。また常設展も気になります。時間を十分にとって、岩手県美に赴きました。先ず黒田展、これは上野にある黒田清輝記念館の全面的協力で仕上がったようですが、かの有名な「湖畔」や「智・感・情」と題された三人の裸婦像はじめ代表作を網羅します。うんと若いころのデッサン習作を瞥見してもそのデッサン力がいかにとびぬけていたかが納得できます。でもなんといっても9年に及ぶフランス留学の経験が大きかったでしょう。19世紀末の本場ヨーロッパで競わせてもその技量は高水準を行ったのは間違いありません。明治の洋画壇にどれほど純粋な近代を持ち込めるか、それが黒田にとっての大きなテーマだったのでしょう。黒田といえば、小太り禿頭でチョビ髭という容貌イメージに加えて美術行政官としての側面がクローズアップされがちなので、その絵画作品の受容に関してはちとワリを喰ってきたかもしれません。会場には、黒田畢生の大作となるはずが焼失したためにいまでは写真で見ることしかできない「昔語り」の下絵コーナーがありましたが、これはやはり素晴しい。モデルとなった芸者?らのおそらく素顔を的確に生気を与えて描いていますね。個性的な美貌を生き写しに。(黒田は、或いは美人画の専門家の系譜に置いてもよいのかもしれません。)またその人物たちのポーズの姿勢や身体のありように繊細な気配りがなされている点も要注意です。構図の問題も考え抜いたことでしょう。

 しかし会場のおしまいに来て、そこに掲げられた6枚の「雲」の連作 の前で思わず足が止まります。板に油彩で、空に浮かぶ雲だけを描いたものですが、この空気感を見事に絵画化した筆力はまことに神業に近いのでは。夕雲のほのかに朱を帯びたニュアンスも見事です。またどこかに現代アートに通じるコンセプト性を感じましたが、それは勇み足か。僕はこれまで初期の近代洋画家とくれば浅井忠がNO.1と信じてきたのですが、いや黒田清輝恐るべし、です。さて二階の常設展も見ましょう。岩手県出身の美術家となると、先ず萬鉄五郎ですね。花巻の土沢には萬記念館も建つわけですが、ここには記念室が設けられています。そして隣には「松本竣介・舟越保武記念室」が設置されます。かたや油絵、かたや彫刻の世界の重要作家ですが、ふたりが旧制盛岡中学の同級生だったとは知りませんでした。松本のほうが夭折に近い亡くなりかただったせいでしょう、もっと年上かと思っていました。ここももちろん見応えは十分です。

 その向かいには彼ら以外の岩手の美術家の作が展示されますが、名前を初めて眼にする作家も悪くないですね。昨年初めて訪ねた盛岡の街にモダンなものを感じましたが、それはこうした近現代の美術作品にも通じているのでしょうね。一階の館長室で原田光さんとしばしおしゃべり。毎週末にはお住まいの横須賀からこちらに出勤されてくるそうです。さて帰りの新幹線の時刻も迫ります。原田さんとは来月4日に四国は愛媛の久万美術館でオープニングのある多和圭三展での再会を約してお別れしました。その日には多和さんと原田さんとのトークイベントも行われます。ゆっくりと一献はその折に、です。どうも遊びの機会が多いのは結構ですね(笑)。

 引用句、では石川啄木に敬意を表して、「ローマ字日記」のなかから一節を。文学的野心を満載した啄木ですが、当時は本郷の下宿で煩悶の日々でありました。原文はもちろんローマ字ですので翻刻したものを。

「自意識は 予の心を深い深いところへ つれていく.予はその恐ろしい深みへ 沈んでいきたくなかった.うちへは帰りたくない.なにかいやなことが予を待っているようだ.そしてホンゴウがバカに遠いところのようで 帰っていくのがおっくうだ.そんなら どうする?どうしようもない.身のおきどころのないという感じは 予をして いたずらにバカなまねをせしめた.」
                                (ISIKAWA TAKUBOKU     「ROMAZI NIKKI」)

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
林浩平さま

小林一郎です。ブログ《饒舌三昧》、楽しく拝読しております。
〈日本現代詩歌文学館ご案内+岩手県美の黒田清輝展、見応えあります〉の記載をもとに、
井上靖の詩集《運河〔限定版〕》(筑摩書房、1967年6月25日)の装丁について、
吉岡実装丁であろうという文章を拙サイト《吉岡実の詩の世界》に書きました。

http://members.jcom.home.ne.jp/mikoba/YMnohon_02.html#anchor20101231

お読みいただければ、幸いです。
来る2011年が佳い年でありますように。
小林一郎
2010/12/31 17:56
小林一郎さま。大晦日にコメント、ありがとうございます。ははあ、井上靖詩集『運河』の装丁でしたか、吉岡実さんが手がけられたのは。ご推察、その通りでしょうね。
ミニヨン
2011/01/08 01:22
先日、上野の黒田記念館へ行ってきました。
実家近くなのに初めてです(苦笑)。
開館日が少ないのもありますが、
無料なのがかえってよくありません。
熊鷹@ゆらくらす
2011/01/25 23:49
通りがかった家人その3が「またこれ?」(これとは失礼な!)順を追わずに行き当たりばったりに闖入しています。
<井上靖>の名前が見えました。全国に沢山記念館・記念室らしきものがあるとお聞きしていましたが、岩手にもあったんですね。
そのご令嬢(?)まさか浦城いくよ様ではないですか?ユーラシアンクラブでご紹介いただいて数回お手紙のやり取りをしたことがあります。
中国山地の実家の近くにも記念館があります。(今度行ってみようと思っています。三島にももちろんありますね。(こちらは行ったことがあります)
東日本大震災から一周年。岩手が少し遠い気がしていますが、鉄五郎・舟越保武などなど魅力的な画家たちにかの地で会いたいものです。
黒田清輝はいつか徳島県立美術館そのものを見たさに訪ねたらちょうどやっていました。その後成羽町美術館(岡山県)でもやっていましたから全国をまわってるのですね。確かに見逃した展覧会を数年たって見られることもたまにありますね。なんていかにものコメントで申し訳ありません。生意気のあけみ・る。といわれております。
あけみ・る。
2012/03/12 22:47
「またこれ?」とは、当ブログを熱心にご覧頂いている、というわけなのでしょうね。恐縮です。井上靖さんご令嬢、お名前をうかがいそびれましたが、そのかたなのでしょうね。井上靖記念館、確か北海道にもあるのではなかったでしょうか。北上市の詩歌文学館、ぜひいらしてください。恐らく来年(2013年)の初めころ、在る刺激的な企画がこちらで催されるはずです。僕も参加する予定。乞うご期待を。

2012/03/13 21:02

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