林浩平の《饒舌三昧》

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zoom RSS だるま市で賑わう深大寺で安東次男の墓に詣でました

<<   作成日時 : 2018/03/04 01:25   >>

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 紅梅と 気付かせてゐる くもりかな     (安東 次男)

 「あんつぐ」こと、安東次男は、幼少期を雪の多い岡山県は津山市に過ごしたので、春の気配の到来には敏感だったのでしょう。曇天の鈍い光のなかで、向こうに咲くのは紅梅の花だ、と気付いた、その興を詠んだ一句です。

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 その安東次男さんの墓が、調布の深大寺の墓所にあるのはかねてから知っていました。昨年末でしたが、吉増剛造さんより、あんつぐさんの墓所での法事の折のスナップを頂戴しました。足利市美での吉増さん展のイベントの際に、発言を促していただき、ちょっとあんつぐさんのことを話したのですが、吉増さん、それを喜んでくださり、何冊かのあんつぐ著作と一緒に、これらのスナップを贈ってくださったのです。ご覧ください。

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 あんつぐさんが亡くなったのは、2002年の4月9日、82歳でした。そして11月の24日に、スナップには「開眼供養」とありますが、要は納骨式が行われたのですね。深大寺の本堂の北西にある三昧所墓地でした。写真には、墓前で手を合わせる吉増さんと、その向こうには詩人の中村稔さんや、当時はまだお元気だった飯島耕一さんのお顔が見えています。

 ついでに、吉増さんが贈ってくださった書物に雅号である「流火堂」の署名の入った画像も紹介します。吉増さんからのメッセージもどうぞ。

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 この安東次男氏のお墓に参ろうとは、かねてから思っていました。二年前の五月には、彼の郷里の津山を訪ねて、旧宅のあったあたりを散策したことはブログでも報告しています。暦も三月となり、気候も温暖、梅の花も見ごろのころだろうと、雛祭の今日3月3日、墓参を実行してきました。ところが、深大寺、今日と明日の二日間は、毎年10万人ほどの人出でに賑わうとされる「だるま市」だったのですね。京王線のつつじが丘駅からのバスがやけに混んでいました。

 この界隈、仙川のわが家からはご近所、といっていいくらい。10年くらい前になりますか、自転車で深大寺を訪ねたこともありました。30分ほどで行けるのです。そのときはさほど観光客もいない境内をぐるっと巡って、名物のそば饅頭をお土産にして帰ったのでした。やはりぽかぽか暖かな四月だったかな。終点でバスから降りると、参道はひとの波です。だるま、売っていますね。

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 境内は大混雑、本堂にお詣りするのは諦めて、屋台の並ぶ道を左へ。深大寺の霊園、三昧所墓地へと足を向けます。深大寺そばのお店を通り越して小高くなったところに来ると、ここが塋域です。えらく森厳とおごそかに静まった一画、ここは代々の深大寺の住職の墓地でした。

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 そして墓地のなかへ進むと、おや、すぐに目についたのは、俳人・石田波郷の墓です。ちゃんと大きな案内も出ています。ああ、ここにはお詣りする俳句ファンも多いでしょう。僕も波郷さんは、昔NHKのテレビ番組「愛媛俳人グラフィティ」を構成してナレーションコメントを書いた折に、松山出身の俳人として採りあげたことがあります。もう20年くらい昔ですが、当時は、波郷のふたりの妹さんもお元気でご健在、松山空港近くの西埴生(はぶ)の生家を取材したこともありました。ここにもお詣りしましょう。

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さて、安東次男さんの墓はどこか、探さなくてはなりません。霊園はやたらと広いわけではないので、端からゆっくり見て行けば出会うだろうと、なかのほうに歩いてゆくと、一輪車を使って墓所の整地をしているひとがいました。俳人の墓というので尋ねてみると、「こちらではないですか」と近くに案内されたのが、案内が薄れた文字で出ていました、これは、皆吉爽雨(みなよし・そうう)の墓です。「さわやかにおのが濁りをぬけし鯉」などの句で知られますね。「いや、安東さんといって、そうだ、俳句が彫られていますよ」というと、「ああ、あそこでしょう」と皆吉の墓から近いところに案内してくれます。ありました。

 墓石に彫られた句は、「木の実山 その音聞きに 帰らんか」。岡山の山中の郷里への望郷の心を詠んでいます。まず、手を合わせました。冥福を祈り、どうぞいま取り掛かっている文業が進みますように、と念じます。生前にはお会いしたことはなく(一回、高見順賞のパーティー会場で、革ジャンパー姿のあんつぐさんをそばで見て、剣気のようなものを感じたことはあります)、言葉を交わす機会がないままでした。世間では「いばりのあんつぐ」と言われていました、安直に文運の上昇をお願いしても叱られるだけかもしれません(笑)。花も線香も持たずにきましたが、墓前にご挨拶して、ひとまず肩の荷を下ろした思いです。

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 ふと左の墓誌を見ると、奥さまの安東多恵子さんの名前があります。「平成二十七年一月二十三日」とあって「八十一歳」と続くので、ああ、奥さまも去年の1月に亡くなられたのですね。あんつぐさんと一緒にここに眠っているわけです。ここは、丘陵状の高台で、陽当たりがとてもよく、永遠の眠りの地に相応しいでしょう。ご冥福を祈りました。

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 もう「だるま市」の雑踏は避けたいので、裏からバス停に向かうことにしました。坂を下ってゆくと、おや、紅白の梅が咲いたところがあります。「地蔵の里」という碑が建っていました。春、ですね。

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 お別れの引用句は、詩人でもあったあんつぐさんの詩行を引きましょう。

「地上にとどくまえに
 予感の
 折返し点があつて
 そこから
 ふらんした死んだ時間たちが
 はじまる
(略)
 そのときひとは
 漁
 泊
 滑
 泪にちかい字を無数におもいだすが
 けつして泪にはならない」

               (安東 次男    「みぞれ」  詩集『人それを呼んで反歌という』から)





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