林浩平の《饒舌三昧》

アクセスカウンタ

zoom RSS 神奈川近文の与謝野晶子展、見どころ多し+横浜美ではヌード展オープン

<<   作成日時 : 2018/03/30 11:49   >>

トラックバック 0 / コメント 2

 花終へて 寧(やす)けさは地に 深木蔭    (高橋 睦郎)

 この三月、むやみと気温の高い日が多いです。桜もハイペースで開花、もう散りだしました。睦郎氏のこの句、花が散った後の樹下の新緑の木陰に目を届けています。昂揚の後の余韻、でしょう。佳い句です。

画像


 三月二十三日でした、金曜日、とても暖かな、春の陽光が注ぎます。この日の午後はヨコハマでした。まずは港の見える丘公園を越えて、神奈川近代文学館を訪ねましょう。五分咲きの桜も見えます。ここでは、「生誕140年 与謝野晶子展」を開催しています。いつものように招待券を頂戴してました。ただ、一般の鑑賞日ですので、展示品の撮影は出来ません。画像、これはオープニングに参加されての撮影でしょう、晶子はひいお祖母さんにあたるのですね、美術史の阿部真弓さんがfacebookにアップされたのを転用させてください。

画像
画像
画像
画像


 今回の展示品、なかなかの充実ぶりで感心しましたが、与謝野鉄幹・晶子夫妻が中心に刊行した「明星」などのバックナンバーや彼らの著書がずらりと並びます。また面白いのは、晶子の実家である大阪は堺の和菓子屋・駿河屋の広告板でした。実家は鳳(ほう)という姓ですから、晶子の出生時の名前は鳳しよう、晶の字は当てられたものなのですね。駿河屋という和菓子の店、実は小生の郷里の和歌山市にも老舗があるので、どういう関係か気になったのですが(昔、徳川家が紀州に入った際に駿河からやってきた菓子職人が興したのでこの屋号があります)、その和歌山の店から暖簾分けしてもらったとか。

 ラストの絵は、絵画展を鑑賞する鉄幹と晶子の姿を、友人だった文化学院の創設者の西村伊作が描いたもの。ちょっといいですね(笑)。鉄幹も晶子も文化学院とのつながりは深く、ずっと講師を務めました。かく申す小生も、30代でしたが、文化学院で11年間、詩の授業を担当させてもらいました。その文化学院、この3月で閉校なのですね、寂しい限りです。

 さあ、展示物、後は図録を接写しましょうか。

画像
画像
画像
画像


順に、与謝野鉄幹の肖像写真、鉄幹の来阪に合わせて堺で歌会を催した際の「寄せ書扇」、山川登美子の名前もありますね。そして、晶子の歌に高村光太郎が絵を描いた一枚です。歌は、「王ならぬ男のまへにひざまづくはづかしき日のめぐり来しかな」、歌もそれに合わせた絵も面白いです。

 それから、この集合記念写真に注目を。明治44年、鉄幹が渡欧の際に上野精養軒で開かれた送別会での一枚です。

画像


 真ん中の鉄幹の向かって左隣に長男の光を座らせて、その隣には鴎外、さらに荷風がいます。後ろに立つ面々のなかには佐藤春夫や高村光太郎、それに北原白秋や木下杢太郎の顔も見え、ちょっと驚いたのは、折口信夫も混じるのですね。鴎外と折口が一緒に写っているとは、なんだか感慨があります。他にも馬場孤蝶や吉井勇もいて、まあ「明星」「スバル」グループ集合の図でしょうが、貴重な一枚です。

 とにかく今回の展示で目を引くのは、晶子関連の写真資料の豊富さです。大正時代以降、萩原朔太郎などが好例ですが、カメラマニアも出てきて、文学者の映像も数多く記録されるようになったのですから、当然といえば当然でしょうが。

画像
画像
画像
画像


鉄幹と晶子の間には五男六女が誕生しました。子どもたちとの写真、これもよいですね。次のは、実業家で歌人の内山英保の広大な邸宅に集まった面々ですが、政治家の尾崎行雄を正客にして、歌会が持たれた折の記念写真です。尾崎の左右に鉄幹と晶子、左端は鴎外の娘の小堀杏奴ですね。後ろに和服姿の堀口大学もいます。鉄幹晶子の2S、文化学院でと、荻窪の自宅の庭でのもの。この自宅跡は現在は、杉並区立の与謝野公園となっているとか。荻窪の南口には、音楽評論家の太田黒元雄が寄贈した土地が太田黒公園になっていて、そこは行ったことがありますが、与謝野公園、一度訪ねてみましょう。

 晶子展、ほかにも見どころが多い好企画です。5月13日までやっています。

 さてこの日は、横浜美術館での「ヌードーー英国テート・コレクションより」展のオープニングが15時から。招待状を頂戴してますので勇んで訪ねましょう。その前に腹ごしらえです。いつも神奈川近文(通称「かなぶん」ですね(笑))に行く折は、中華街で食事するのが楽しみなのですが、この日は浮気をして、元町でイタリアンのランチでした。ただ中華街、月餅と肉まん、中国茶をお土産に買っておきます。さあ「みなとみらい」駅です。

画像


 この企画展、副題にあるように、イギリスの美術館のテートが収蔵する裸体をテーマとする作品130点あまりが、国際巡回展の一環としてここヨコハマにもやってきたわけです。作者たちはさすがにビッグネームが並びます。ロンドン、二回訪ねてますが、そのたびにテムズ川の脇に建つ、現代美術を扱うテート・モダンは見学しています。元は火力発電所だった施設を利用したここ、さすがに見応え充分でした。テート・ギャラリーのほうは行ったことがありませんが。

 さてセレモニーが終わって内覧会です。こちらも図録の接写で主だった出展作を紹介しましょう。

画像
画像
画像
画像


 最初のは、ウィリアム・マルリディの「裸体習作」。1842年に制作されたパステル画です。続いては、あのラファエロ前派として有名な、ジョン・エヴァレット・ミレイの「ナイト・エラント(遍歴の騎士)」。1870年の作ですが、裸身が真に迫りすぎるという批判が当時にはあったそうです。3番目は、フレデリック・レイトンの「プシュケの水浴」、きれいなからだです(笑)。そして、これは佳かったです、エドガー・ドガの「浴槽の女性」。

 彫刻や現代アートもありました。

画像
画像
画像


 アルベルト・ジャコメッティの「歩く女性」、当初は頭も両腕も付いた状態だったそうですが、シュルレアリスム展に出す際に除去したとか。そしてハンス・ベルメールの「人形」、こちらもシュルレアリスムを代表する作品です。ピカソやバルテュスやフランシス・ベーコンの作もありましたが、ここはルシアン・フロイドの作「布切れの側に佇む」を。高さは1.6ⅿある大作です。あの『夢判断』のフロイトの孫にあたるこの画家の作は、これまで実物を見る機会がなかったので、ちょっと感激でした。この崇高な感じ、なるほど高値がつきそうです(笑)。

 しかし今回の目玉作品は、なんといってもオーギュスト・ロダンの大作「接吻」です。この展示室だけは、フラッシュを使わない撮影が許可されています。なかなか見応えのある企画展でした。

画像
画像
画像


 お別れの引用句、晶子の短歌作品としましょう。今回の解説に歌人の今野寿美さんが引いていた作で、へええと感心しました。

「うすものの二尺のたもとすべりおちて 
 蛍ながるる夜風の青き」

                            (与謝野 晶子  『みだれ髪』より)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
与謝野晶子展、行ってこられましたか。前回の山川方夫展に行ったとき、次回は晶子展と予告がありましたが、スルーしてしまいました。
近代文学館は充実した展示をいつもしますね。1年に一度ぐらいですが、最近では漱石展、須賀敦子展などに行っています。

さて、折口の新情報ありがとうございました。大学卒業1年後の明治44年11月に、上京していたとは驚きました。鉄幹壮行会参加のほかにも、なにか目的があったんでしょうか。年譜の謎が一つ増えました。
sakaho
2018/04/01 06:41
sakahoさま、コメントをありがとうございます。おや、これは折口信夫研究の専門家からの「驚きの声」、いやかく申す小生も折口論を平凡社新書で一冊出してますので、折口研究の端くれですが、そうか、明治44年に東京に来たというところがキモでしたか。小生はただ、自作の短歌のなかで鴎外にあからさまな?敵愾心を表現した折口と、その相手の鴎外が同じ写真に写っていたことが「驚き」でした。しかし、文化学院の閉校、新聞でも報じられましたが、たいへん淋しいです。
ミニヨン
2018/04/02 02:52

コメントする help

ニックネーム
本 文
神奈川近文の与謝野晶子展、見どころ多し+横浜美ではヌード展オープン 林浩平の《饒舌三昧》/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる