「空想美術館」はアンリ・ミショーの世界です+お気に入りロックバンドです、マグパイ・サルート!

 子の傘の 紫陽花よりも 小さくて    (田中 裕明)  梅雨入りが近くなりました。紫陽花の季節。さて作者の田中裕明氏、波多野爽波の弟子であり、また高浜虚子から行けば孫弟子として俳壇では嘱望されながら、2004年に45歳の若さで亡くなります。現在ではふらんす堂の主催する、新人俳人対象の田中裕明賞にその名を残しますね。この作も…
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「空想美術館」、続いてはドイツ人の現代画家ディーター・コップの世界です+「ご近所隠れ家」、烏山寺町の妙寿寺へ

 朧夜の まなこ瞑れば 見ゆるもの      (真鍋 呉夫) 小説家の真鍋呉夫は、俳人として、あるいは歌仙の宗匠として端倪すべからざるものがある、との評判はずっと聴いていました。先日久しぶりに所用で電車に乗っての外出、ついでに新宿の紀伊國屋書店を訪ねて、俳句のコーナーを覗いたところ、『真鍋呉夫全句集』が平積みでした。これは購入…
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「空想美術館」第7回は鬼才ヤン・ファーブル+ご近所隠れ家、仙川の中嶋神社です

 目をつむりいても 吾を統(す)ぶ  五月の鷹    (寺山 修司)  短歌や演劇の世界の活動で知られる寺山修司ですが、十代は俳句作りに情熱を傾けていました。早熟な高校生時代、もうこんな秀作を詠んでいるのですね。五月の爽やかな季節感も呼び込むような作、青春まっただなかの作者の姿が浮かびます。同世代の詩人の清水哲男さんは、受験雑…
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「空想美術館」の第六弾は、渋くモニカ・フェッランドの絵を+隠れ家案内は、成城みつ池緑地です

 うすうすと 窓に日のさす 五月かな   (正岡 子規)  この句もたぶん根岸の子規庵の六畳間で詠まれたものでしょう。結核性の脊椎カリエスで寝たきりだった子規、庭に面した障子窓に五月の明るい陽が射すのを喜んでいます。子規の俳句、率直な詠みぶりの作に、惹かれるのが多いですね。現在の子規庵、戦災を受けて母屋は焼失したのですが、土蔵…
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五回目の「空想美術館」は「世界最高峰の画家」ゲルハルト・リヒターです+北村太郎さんの眠る烏山の妙祐寺をご案内

 てふてふや 水に浮きたる 語彙一つ    (河原 枇杷男)  「てふてふ(蝶々)」を詠んだ句ですが、枇杷男は永田耕衣の弟子、ただの花鳥詠ではありません。「水に浮く語彙」とは、どこか形而上性をはらんだ世界です。しかしこの春、ご近所で蝶の姿を見ることがめっきり減りました。ここ数年、蝉声も少なくなって、昆虫の世界が危ないそうです。…
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次はジョセフ・クーデルカの写真展をどうぞ+ヴァレリーの詩集『コロナ』!を丸池公園で読みました

 日曜の 紅茶のまへや 石鹸(しゃぼん)玉    (芝 不器男)  石鹸玉は春の季語です。昭和5年に28歳で亡くなった不器男、この句を詠んだのは郷里の愛媛県は南予地方の松丸の家で、だったでしょう。当時のそんな田舎で、「日曜の紅茶」とはずいぶんとハイカラですが、芝家は素封家です、それくらいの贅沢は出来たでしょう。春の気分満載の一…
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「空想美術館」、今回はピエール・クロソウスキーの妖しいドローイングを+劇作家・高橋丈雄氏のこと+烏山の屋敷林にどうぞ

 紅さして 細かなものに 春の塵    (高橋 睦郎)    春の季節感を濃密にはらんだ句を探してみました。これはいい句です。詩人の睦郎さん、年少のころから俳句や短歌にも手を染めていたよし。これを収める『稽古飲食(おんじき)』は、前半は句集の「稽古」、後半は歌集の「飲食」の二部から成った変則的な一冊ですが、1987年度の読売文学…
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吉増剛造さんイベントがネット配信+「空想美術館」、二弾めはルシアン・フロイド展+牟礼の里公園で読書を

 花冷えの マスクをかけて 眉の濃き     (久保田 万太郎)  劇作家が本職の万太郎、人事の句が十八番でしたから、マスク句もたくさん詠んでいます。春を迎えて桜が満開のころに寒の戻りがあって、この若い?女性はマスクをかけたのでしょう。意志の強そうな濃い眉がチャームポイント、ですね。万太郎、他にこんなマスクの句もあります。「マ…
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空想美術館のベルナール・フォーコン展です+近所の辻公園で緑のなかの読書を+『岡田隆彦詩集成』が完成

 マスクして それでも笑顔 だとわかる  (江渡 華子)  マスクの句、といえばすぐに思い浮かぶのがこれです。1984年生れで青森出身の江渡さんですが、大学生時代は京都で過ごし、卒業の記念にと、句集『光陰』を刊行したのは2007年のことでした。現在は一児のおかあさんだとか。この句、マスクした顔を見せているのは、もちろん彼氏。青…
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ワタリウムでは青木陵子+伊藤存展、+ジャック・ブルースのCDを集中鑑賞+秋山祐徳太子さん逝去

 老侯の マスクをかけて 薔薇に立つ    (高浜 虚子)  いま街に出れば、およそ九割のひとがマスクをかけています。新型コロナウイルスに立ち向かうにはまずこれを、でしょう。しかし肝心のマスクを入手できないひとも多いようですが。さて「老侯」、お年寄りの紳士が、マスク姿で赤いバラに向き合っている、という情景です。春先の嘱目詠、ど…
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今福龍太氏の外大退官記念のオペラ・サウダージ、ユニークなイベントでした+笠井叡さん、大野一雄さんとのデュオダンスを…

 春休みの 運動場を 鵜があるく    (加藤 楸邨)  小学校のグラウンド、春休みなので生徒の姿はありません。そこに近くの沼から飛んできた鵜が一羽、わがもの顔で歩いている、という光景ですね。春風がわたってくるような、どこかのどかなファンタジーを感じさせてくれる一句です。俳誌「寒雷」を主宰して、金子兜太や安東次男など個性の強い…
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信州の別所温泉を訪ねました+多摩ニュータウンを抜けて一本杉公園を散策、恵泉女学園大学とお別れです

 春風の 心を人に頒(わか)たばや      (高浜 虚子)  これは佳い句です。穏やかにわたる春風の、そののどかさ、それをみんなに分けてあげたい、というのですね。哲学的難解句もしばしば詠んだ虚子ですが、時にはこんな具合に、飾り気も衒いもない、率直な思いを句にしました。  巷では新型コロナウイルスの問題が困ったこ…
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松山での「くるきちの会」に参加+久万美術館の森堯茂展を鑑賞+ロックバンド、活動再開です

三月や 水をわけゆく 風の筋(すじ)    (久保田 万太郎)  俳人の小澤實さんが「静かな水面を風が分けてゆく。波が生まれるのである。波と書かないで波を感じさせているのがうまい」と鑑賞していますが、その通りですね。ゆっくり春という季節が始まる、それを実感させてくれる一句でもあります。  新型コロナウィルスへの対…
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横浜美術館の澄川喜一展、抽象木彫がいいですよ+吉増剛造さん主演の映画『眩暈VERTIGO』、たのしみです

 面喰か 紅さしかはす 夫婦雛   (加藤 郁乎)  まだちょっと雛祭には早いのですが、このところ春の陽気が続きます、イクヤーノフ氏の晩年の句集『初昔』から拾いました。おや、この句集も前回の坂内文應さんの『天真』とおなじ版元だ、仙川のふらんす堂から、ですね。さてこの句、「面喰か」といきなり入るところが奇抜?です。 美女と美男…
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世田谷美術館では村井正誠展オープン+シス書店では菅野まり子展+吉増さんとのトーク無事終了

 凍蝶や 細かき骨を もて組まる      (坂内 文應) 「凍蝶(いてちょう)」は、冬まで生きのびた蝶のことで冬の季語です。先日刊行された文應さんの第二句集『天真』から引きました。凍蝶という言葉自体がポエジーを孕んでいるようですね。この句、見るからにはかなげな一羽の蝶に、それでもいのちの息吹を見出しています。 …
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瀧口修造の「手づくり本」展、慶應アートセンターで+さらに「土方巽を語ること」、演出家の佐藤信さんの講演でした

 岐れ路の 寒灯それて オリオンへ       (安東 次男)  冬の夜空を象徴するオリオンのもと、凍てついた夜の大気のなかを三叉路?が続いている、そんな絵柄が浮かびます。あんつぐさんの習作期の俳句を集めた『流火草堂遺珠』からです。友人だった詩人の中村稔さんが尽力して、生前の句集に未収録の句を集めてふらんす堂から刊行したもので…
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笠井叡さん、能楽師とコラボ+アンバルワリア祭、朝吹真理子さんと西脇順三郎!+「アナホリッシュ國文學」めぐり吉増剛造…

 三白眼の をとめごころや 冬プリン    (小津 夜景)  久々にフランスはニース在住の女性俳人・小津夜景さんの句を引きました。句集『フラワーズ・カンフー』から。冬季の句、ということでこの句のあとにこんな作が続きます。「襟巻をアンチロマンに娶りけり」、え?です(笑)。またこんな作もあります。「冬ざれよジガ・ヴェルトフの心臓音…
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根来寺・粉河寺を巡り、奈良は春日大社に初詣、志賀直哉旧宅を訪ねました(新春紀州+大和紀行・後篇)

 髪剃れば 我腮(えら)尖る 寒さかな      (大須賀 乙字)  乙字は河東碧梧桐の弟子で、八歳若い明治14年生れ、明治時代の末の新傾向俳句、自由律俳句全盛の時期には人気俳人のひとりだったそうです。しかし大正時代となって高浜虚子が小説家から俳壇に復帰し、「ホトトギス」を根城に花鳥諷詠路線で俳句界を制覇した結果、忘れられた俳…
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明恵上人の足跡を追って湯浅の街を訪ねました(新春紀州紀行・前篇)

 思はずも ヒヨコ生れぬ 冬薔薇(ふゆさうび)  (河東 碧梧桐)  正岡子規の弟子だった碧梧桐(へきごとう)が、子規没後の明治39年から日本列島を踏破する「三千里」の旅に出て、そして生まれた「新傾向俳句」の代表作がこれです。カタカナ表記の「ヒヨコ」が新鮮ですね。この俳人であり、書家であり、大旅行者でもあった人物を論じた石川九…
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2020年明けましておめでとうございます。東博に初詣、でした+G・アガンベンの『書斎の自画像』に注目!

 推し量る 神慮かしこし 初詣    (高浜 虚子)  虚子には初詣を詠んだ句が結構あるのですが、この句、神社に初詣して、「さあ神様はお願いをしたことを叶えてくださるかな。いやいや疑ってはイカンな」と反省?した、その気持ちが実感として伝わる作ですね。ところがこれは、『虚子五句集』(上)の昭和11年の12月7日に「偶成」として他…
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