正月の松飾りをはずしました。
冬うらら 空より下りて 鴎どり (三好 達治)
詩人の三好達治は、句作にも熱心に取り組みました。岩波文庫の達治詩集は「路上百句」として代表作を収めます。晩年の或る時、「俺は俳人になったらよかったかな」と口にしていたそうですし、独居老人だった三好を亡くなるまで懇切に面倒を見たのは詩人の弟子ではなく、俳人の石原八束でした。三好の俳句歴は意外と早くて十代前半から。そういえば処女詩集『測量船』の詩のなかにも何句かが挿入されています。さてこの句、「冬うらら」がいいですね。日の光が明るく柔らかにさしこむ様子を「うららか」と言いますが、これ、世に言う「春うらら」の呆けたような暖かさよりも、ちょうど今日のお天気のような、冬の季節のなかで明るい光を享受する、という感覚のほうが心地よいのでは。
さて、今日はちょっと映画の話をしましょう。お正月の5日に、近鉄電車に乗って奈良の桜井市まで行ったというのは先日来述べてまいりましたが、その電車を桜井で降りずにもうしばらく乗っていくと県境を越えて三重県に入ります。「赤目口」という駅があるのですが、そこが名高い名勝のひとつ「赤目四十八滝」の入り口です。そう、あれは04年度の邦画の賞を総ナメにしたとか言われた荒戸源次郎監督の『赤目四十八滝心中未遂』、やっとDVDを借りて観たところです。
荒戸氏と言えば、映画監督というよりも鈴木清順さんの『陽炎座』などの名プロデューサーという印象が強いのではないでしょうか。新宿二丁目の映画関係者らが集まるバーで何度か氏の姿を見かけたこともありますが、いかにも映画業界のひと、というオーラが出てましたな。映画、評判に違わず面白かったです。まあ随所に昔のATG系の映像を想起させるちょっとシュールなシーンも混じりますが、主演の寺島しのぶに、大楠道代、内田裕也というクセ者が脇を固め、チョイ役にも麿赤児、赤井英和、内田春菊と、荒戸組一派が顔を揃えていいアクセントとなっています。原作の小説のストーリーの大枠は忠実に活かしながらも、随所に新しい要素やエピソードを加えていて、原作へのいわゆるリスペクトは示しつつも、立派に一本の映画作品として自立していますね。いや感心しました。原作が名作であればその映画化は悲惨な結果に終わるのが常ですからね。
原作は車谷長吉(ちょうきつ)さんの同名の長編小説。これは傑作です。車谷さん、いきなり三島由紀夫賞受賞で我々の前に登場されましたが、その『塩壷の匙』もスゴかったし、芥川賞の有力候補だった『漂流物』もいわば殺人の詩学を描いた、とでもいうべき名作でした。しかしなんといっても『赤目』でしょう。一度読んだだけですが、いくつかのシーンはくっきりと脳裏に刻まれます。(だからこそ映画化は至難の業なのでは、と危惧しましたが。)勝手なことを言えば、90年代以降の小説空洞化状況のなかでの最高傑作でしょう。じゃあどうしてこれが芥川賞ではなくて直木賞作品となったか。いやそちらの業界?には詳しいわけでないのですが、芥川賞は短編を対象とするから枚数が240枚?だかを越えると対象外になる、とのこと。『赤目』はずっと「文學界」に連載されていたから当然そんな枚数は越えています。それで直木賞に「回った」とか。まったくおかしな理屈です。
車谷さん、ねえ。「反時代的毒虫」を自称する超俗の「文士」と言われますが、実際会った車谷さんはもっとこう愛嬌もおありのオモシロい御仁です。この話は一度或るメーリングリストに書いたことがあるのですが、初めてお会いしたのは04年の資生堂の現代詩花椿賞の受賞パーティー。知り合いの編集者が紹介してくれました。坊主頭に作務衣の、どう見ても只者じゃあありません。挨拶をすると、いきなり、「ああ、君のトモダチの松浦寿輝な、あいつ、ノゾキするんよ」と言い出しましたからビックリです。要するに、20年ほど昔、白山のあるアパートに彼が住んでいた頃、偶然同じアパートに松浦氏が住んでいて、ある時、開けてあった窓から松浦氏が彼の部屋を覗いていた、というのですね。当時は詩の同人誌「麒麟」の同人仲間だった関係で松浦氏のそのアパートにも何度かお邪魔したのですが、まさかそこにもうひとりの未来の小説家が住んでいたとは。しかし「ノゾキ」とは聞き捨てなりません。一瞬、柱の影から長身の松浦さんがじーっと車谷氏の部屋を息を殺してうかがっている光景を想像してしまいましたが(笑)、これ、ものは言い様、車谷氏の作家的想像力が脚色しているようですね。
松浦さん自身がなにかの短編でこの話をご本人の側から書いていますし、また実際にもうかがいましたが、要するに、車谷さんの部屋の窓にはカーテンがない!ので、いつその前を通っても部屋のなかが見えてしまううえに、部屋にはちゃぶ台にむかってずっと何かを書いている坊主頭の男がいる、となると、いやでもついその部屋を気にしてしまいますよね。いやはや、まあきわめて車谷さんらしいエピソードと言えるでしょう。ともあれ、パーティーでは結局そのまま一時間ほどずっとふたりで喋り続けてしまいました。途中に、車谷さんの奥方で詩人の高橋順子さんが気になるらしく、何度か様子を見に来られてましたが、まあ何故か車谷さんとは奇妙にウマが合ったのでしょう、「向丘のウチに遊びにおいでや。近くの喫茶店で喋ろうや」とお誘いいただいたまま訪ねていないのが気にかかります。そう、やっと『赤目』の映画版も見たところです。この春休みにでも一度お訪ねしましょうか。その際にはまたここで報告しましょう。おっと、映画の話をします、と言いながら、どうも脱線してしまいました。
さあ引用句です。詩をめぐる言説を紹介しています。今日は原文が漢文です。ここで言う「詩」とは、ですから「漢詩」の意味ですが、文意に即すなら単に形式のうえの漢詩を言うだけでなく、ポエジーの意味を踏まえているはず。作者には、子供と一緒に日がな一日手毬をつきつつ暮したとされる伝説的なキャラクターが出来上がっていますが、その一方で、道元の『正法眼蔵』を味読した求道のひとでもありました。
誰我詩謂詩 誰れか我が詩を詩と謂う
我詩是非詩 我が詩は是れ詩に非ず
知我詩非詩 我が詩の詩に非ざるを知って
始可与言詩 始めて与(とも)に詩を言うべし
(良寛)
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