バルテュス展、必見です+ペーテル・エトヴェシュの室内楽、聴きました


 山鳩の こゑ森にあり 薊つむ     (吉岡 実)

 現代詩人の吉岡実さんの俳句、難解をもって鳴る詩作品とはうって変わり、素朴なまでに純粋な抒情の世界を生んでいます。森で山鳩の鳴くのを聴きながら、里山の道端で薊を摘んでいる都会の青年のシルエットも浮かびますね。

 上野の東京都美術館で開催中の「バルテュス展」を観てまいりました。平日の午後でもかなりの観客の数です。とにかく、じっくりと鑑賞することにしましょう。さてご紹介する作品画像、例によって図録を接写しました。

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 回顧展ですから、年代順に作品が展示されています。バルテュス11歳に描いた愛猫ミツの連作です。1908年に生まれたバルタザール・クロソフスキー少年は、この40枚の連作が一冊の本となって、詩人ライナー・マリア・リルケの序文とともに刊行されたときに、BALTUSZ(その後にBALTHUSと改めます)という画家となりました。リルケは、当時バルテュスの母親バラディーヌ(リルケの読者には「メルリーヌ」という名で知られます)の恋人でした。

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 1933年の「キャシーの化粧」です。E・ブロンテの『嵐が丘』の主人公キャシーを描いたとされますが、モデルは当時の画家が恋情を寄せていたアントワネット、その後最初の奥さんとなります。バルテュスが描く女性像は、モデルになった女性の肖像です。どれもモデルに似ていますね。またその脇で考え込むヒースクリフは、バルテュス自身の肖像ですね。キャシーが裸体であることの意味は、さあなんでしょう。

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 続いて、「夢見るテレーズ」、「美しい日々」、「地中海の猫」と、バルテュスのファンにはお馴染みの作品です。二作品の少女のモデルは、それぞれパリ時代とスイス時代の近隣に住むひとの娘だとか。「少女」には特別な眼差しを向けたバルテュス、近所の少女たちのことを細かく観察していて、気に入った娘の親に「モデルになってほしい」と依頼したのでしょう。

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 ちょっと地味な作品ですが、これらが気に入りました。「ジャクリーヌ・マティスの肖像」と「窓、クール・ド・ロアン」です。このジャクリーヌという女性は、あれ?画家のアンリ・マティスの娘ですかね?窓とその外部の風景というのも、バルテュスが好んで取り上げたものですね。室内から見た外の光の微妙な表情、それを生きたものとして捉えています。室内の壁やガラス瓶の描写も見事です。

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 1955年の「白い部屋着の少女」です。モデルは、兄の哲学者ピエール・クロソフスキーの結婚相手の連れ子であるフレデリックです。当時はまだ10代後半、バルテュスとは、ブルゴーニュ地方のシャシーの古い城館に住んで8年間モデルをつとめます。その間にバルテュスとの間に息子をもうけているのですね。その情報は図録などでは触れられていません。知ったのは、NHKで放送されたドラマ仕立ての「バルテュスと彼女たちの関係」という番組でです。これ、パリで古書店を営む日本人、実は美術探偵に依頼があって、バルテュスの絵のモデルになった少女たちのことを調べる、という筋立てで進行するセミドキュメンタリーです。美術探偵役は豊川悦司、フランス語を特訓したのでしょう、頑張っています。そこに、最初の妻のアントワネットや、このフレデリックとのことが紹介されるのです。それにあの節子夫人は、最後の住まいのグラン・シャレのロケに登場します。といいますか、ドラマのなかの役も演じていますね。興味深かったのは、現在老齢のフレデリックは、ちらと画面に写っただけでしたが、バルテュスとの息子が、もう初老ながら、感じのいい応対ぶりでシャシーの城館を管理しているところでした。

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 この番組、見始めてすぐ、ああ、演出は源孝志氏だな、とピンと来ましたね。映画「東京タワー」の監督でもある源氏のテレビドキュメントの作風ですよ、紛れもなく。なんでも好評につき、6月1日の日曜日にBSプレミアムで再放送されるとのこと、見逃されたかたはぜひご覧ください。

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 「樹のある大きな風景(シャシーの農家の中庭)」、「読書するカティア」、「自画像」(1943年)、そして出会ったころのまだ20歳だった節子夫人がモデルの「日本の少女の肖像」、以上です。シャシーの城館の3階の窓から俯瞰した風景を描いたというこの油彩画は、素晴らしかったですね。今回は、代表作である「コメルス・サンタンドレ小路」や「街路」、「山(夏)」、「トランプ占い」といった作が出ていませんでしたが、それでも十分に見応えのある展示でした。二時間近くをかけて、じっくり鑑賞した次第です。土日は相当な混雑でしょうが、東京での会期は6月22日まで。ぜひご覧ください。

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 続いて、久しぶりで聴いた現代音楽のコンサートのことを報告しておきます。ハンガリー出身で1944年生まれの作曲家ペーテル・エトヴェシュさんの作品を室内楽として披露するコンサートが、東京オペラシティのリサイタルホールでありました。現代音楽の世界、たとえばルイジ・ノーノやピエール・ブーレーズなどには関心を持っています。ただ、エトヴェシュさんのことはお名前くらいしか知らないままでした。今回の公演は、女性能楽師として国際的に活躍する知人の青木涼子さんが制作に関わったので、案内をいただき、チケットも3000円とお安いので(笑)、これは行こう!とあいなりました。

 第一部は、エトヴェシュさんご本人に青木さんがインタビューするというトークタイム。ドイツ語の通訳の女性が同伴します。第二部で、4曲が披露されましたが、どれもいいですね。特に三人のクラリネット奏者が振付?まじりで演奏された「僧侶の踊り」が気に入りました。東欧の現代音楽、どこかに土俗の匂いがあり、いくらかオリエンタルな香りもするのでは。エトヴェシュさん、前から三列めの椅子に奥様と座って、熱心に演奏を聴いてられました。僕は数列後ろです。

 さて第三部は、1973年に作られたという代表作「HARAKIRI」の演奏です。エトヴェシュさん、なんでも1970年の大阪万博に、シュトックハウゼンのドイツ館の公演に参加されて来日していたよし、そこであの三島由紀夫事件に遭遇されたわけです。そこからこの作が生まれました。演奏者は、バス・クラリネット二本に、拍子木の打楽器奏者、それに青木さんが日本語の歌詞?をお謡で歌うというので羽織と袴姿。熱演でしたね。ちょうど青木さんの最初のCDが発売されたところでもあります。画像で紹介します。

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 お別れの引用句、故阿部良雄先生と奥様の與謝野文子さんの編著である『バルテュス』のなかから、アルトーによるバルテュス評価を引きましょう。

「バルテュスは、まず光と形を描く。壁や床や椅子、あるいは皮膚の光によって、彼は私たちに、そのざらついた面と共に浮き出してくる一つの性器をもった身体の神秘のなかにはいり込むように誘うのである。今ここで私が語っている裸像は、何か乾いて、厳しく、また正確に満たされたもの、更には残酷なといっておかねばならぬものをもっている。それは人を夢へと誘うが、しかしその危険を隠してはいない。」

                  (アントナン・アルトー  「ピエール画廊におけるバルテュス展」 (渡辺守章訳))

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