豊崎光一追悼集のこと+四季派学会、小池昌代さんがゲストです+「洪水」、流行歌特集
二階まで 蟻のぼりきて 午後ふかし (加藤 楸邨)
夏の午後、ふと気づくと、二階の部屋の畳を蟻が這っています。エサになるものを求めて、庭から登ってきたのですね。夏の日差しは翳ったようです。静かな午後の時間が流れます。
サッカーFIFAワールドカップのブラジル大会、いよいよベスト8が出揃いました。今回なにやら台風の目になりそうなのが、10番のエース、ハメス・ロドリゲスを擁するコロンビアですね。ブラジルとの準々決勝、さてどうなりますか、注目です。しかし、アルゼンチンに敗れたスイスや、オランダに敗れたメキシコも強かったです。これまで午前1時キックオフの試合は生放送で観ていますので、寝不足気味ですが、こんなワクワクするライヴ、見逃せません。
一冊の本を紹介しましょう。これは去年の12月に刊行されてましたね、春風社というと、僕の文学評論集『テクストの思考』の版元ですが、そこからの『沈黙の向こう側/豊崎光一追悼集』、入手しました。
フランス文学者であり、ロートレアモン、ル・クレジオ、デリダ、フーコーらをきわめて精緻な批評的眼差しで論じていた「作家」でもあった豊崎光一氏が、53歳の若さで亡くなったのが、1989年の6月12日でした。それから二十数年たって、学習院大学のフランス文学科の教え子だったひとたちが中心になって編集し、故人の妹の豊崎令子さんが「監修」されたのが本書ですね。仏文学の同門だった蓮實重彦さんや菅野昭正さん、清水徹さんらが故人のひとと仕事を回顧して、新しく追悼の文章を書き下ろしています。(蓮實さん、力をこめられた論稿です。)ほかにも、お弟子さんやパリ留学時代の友人や、交友のあったひとたちの追悼が寄せられたほか、逝去された時点での追悼文が再録されています。(辻邦生氏は三篇も書いていますね。)
それに、豊崎氏の著作への書評の再録もあります。宮川淳もやはり独特の思考のスタイルを持った詩人批評家で、豊崎氏とは特別な精神的「友愛」(バタイユを追悼したブランショの文章のタイトルでした)で結ばれていたようですが、『余白とその余白または幹のない接木』の書評をしていたのですね。(宮川淳は、さらに若い44歳で1977年に亡くなったのでした。)豊崎光一没後四半世紀を経ての本追悼集の刊行、というのも、ただの懐旧ということにとどまらない、いわばアクチュアルな批評的意味があるように思えます。それはまさに蓮實さんが豊崎氏の「読むこと」の精緻さを顕揚して、「だが、二十一世紀の人類は、それにふさわしい聴力を、なお身につけているだろうか」と述べるように、現今に横行する評論言説の凡庸さに対する警鐘となるに違いありません。
僕自身は、豊崎氏とはお会いする機会もないままでしたが、同人詩誌の「麒麟」を刊行していたころ、僕が編集担当だった2号で詩人の入沢康夫さんを特集して、諸氏にアンケートを求めた際に、豊崎さんからも回答を頂戴しています。入沢さんの詩集『死者たちの群がる風景』に言及されて、「むろん、すべて書かれた言葉は死者の言葉なのですが」と結ばれているのが印象的です。
「ル・ボ・テネーブル(暗鬱な美青年)」と呼ばれたという(あ、これ、ボードレールの詩句でしたっけ)豊崎さんの画像をネットに一枚見つけました。右の年輩のかたは、やはり学習院の仏文の先生で、なかなかの硬派の論客でもあったという白井健三郎さんです。
話題は替わります。僕が参加しています「四季派学会」では、今月の12日(土)の13時半より、大妻女子大学の千代田キャンパスのA棟366教室にて、夏季大会を開きます。今回のゲストは、詩人・作家の小池昌代さんで、今年に生誕100年を迎えた立原道造について講演くださいます。
学会員以外のかたのご来聴は大歓迎です、関心のおありのかたはどうぞお運びください。小池さんとは、「麒麟」の後に立ち上げた詩誌「ミニヨン」で同人同士だったので、もう長い交友のある僕が司会進行を担当です。詳しくは、「四季派学会」HPをご覧ください。
http://shikiha.webnode.jp/
もうひとつ、詩誌の紹介です。「詩と音楽のための」と銘打たれたマガジン「洪水」の第14号が誕生しました。特集は、「流行歌と時代」。
座談会は「美空ひばりと昭和の世」と題して、「ひばり伝」を書かれた俳人の斎藤愼爾さんや、歌人の福島泰樹さん、民俗学者で「東北学」が専門の赤坂憲雄さんが参加、また文芸評論家の加藤典洋さんへのインタビューもあります。そして大勢の詩人の皆さんがエッセイを書いていますが、はい、僕も「ヒット・ポップスとしてのロック」を17、8枚かな、寄稿しました。ロックはポップスなのですよ、大衆消費社会のなかで「露出」しなくてはなりません。そして、学生時代の「ザはやしバンド」のころのバンド活動の歩みを振り返りました。
さて、お別れの引用句、やはり豊崎光一氏から、としましょう。
「他のいかなる論述とも異なって、すべてを自己の「内」に包含し、その自己‐産出によっていかなる「外」も残さないことが、哲学というディスクールの、とりわけヘーゲルのそれの本質であるならば、デリダは、あらゆる機会に、そのような企図が原理的に不可能であることをくり返し強調している。」
(豊崎 光一 『余白とその余白または幹のない接木』)




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