ボルタンスキー展、必見です+「放送大学」、佐藤春夫の故郷・南紀をロケしました(画像追加です)

 落葉降る 天に木立は なけれども      (辻 征夫)

 詩人の辻征夫さんは、「貨物船」の俳号で句作も続けていました。『俳諧辻詩集』からこの一句を。貨物船さんの句の持ち味は、飄逸なウィットでしょう。すなわち「軽み」、それは辻さんの哀感を帯びた抒情詩に通じますね。しかしそんな辻さんが亡くなったのは2000年の1月、もうずいぶん時間がたちました。

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 庭園美術館では現在、「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス・さざめく亡霊たち」展を開催しています。ボルタンスキー(1944年生れ)が日本国内の美術館で展覧会を開くのは、26年ぶりとのことですが、そうその、1990年に水戸芸術館で開かれたボルタンスキー展、僕は観ていますね。当時はまだそれほど現代アートに関心が深かったわけでもないのに、気になってわざわざ水戸まで訪ねたようです。古着数千着がズラリと、とにかくおびただしく並べられたインスタレーションは、鬼気迫るものがありました。それにホロコーストで犠牲になったひとたちの写真を祭壇に見立てたふうに薄いライトで照らしただけの展示にも心惹かれました。

 今回の展示がユニークなのは、アールデコ調の館内(元朝香宮邸でした)の建物を活かして、その室内空間を見せるという企画展と同時開催の趣向です。ここを訪ねるたびに何度も覗いては「へえ、豪勢だなあ」と感心していた書斎や食堂などの室内空間ですが、そこに足を踏み入れると、男女の声が流れてきます。日本語ですが、ふーむ、詩的会話、とでもいうのか、一瞬、僕が昔書いたデュラスふうの対話詩(詩集『天使』)を連想しました。つまりこれ、声のインスタレーションで、ボルタンスキーの作品なのですね。これが「さざめく亡霊たち」ですか。詩人でパリ在住の関口涼子さんが日本語のテクストを提供しています。なかなか面白いですよ。ここで「亡霊」の声を体験ください。

 室内は撮影が自由でしたから、もっと撮ればよかった(笑)。この日、一緒に訪ねていた詩人の十田撓子(とだ・とうこ)さんが僕のスナップを撮ってくださいました。秋田在住の十田さん、この日は、来年に刊行予定の詩集『銘度利加(めとりか)』の制作打合せのため、わざわざ上京されて、思潮社の編集者さんとあれこれ相談されたのに僕も立ち会いました。(解説を担当します。いや、素晴らしい詩集です。ここでもこれから宣伝します(笑)。)

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 二階に上がると、こちらではボルタンスキーの作品「影の劇場」が一室全体を使って展示されています。彼はよく「匿名の個人/集団の生と死」をテーマとすると言われますが、これなど確かに死のイメージが主題でしょう。でもなんだか、ちょうどその季節ですが、どこかハロウィンを連想させるようなユーモアも漂います。

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 書庫のフロアにズン、ズン、ズンと響いているのは、なにか電気ドラムでの打ち込みのサウンドかな、と思っていましたが、これは「心臓音」という作品とか。これもサウンド・インスタレーションだそうです。

 さて新館に移りましょう。今回のメインの会場はこちらです。「帰郷」というのは、例によっての大量の古着、それを金色の紙で覆ったものですね。そして「眼差し」、何人もの眼をプリントした半透明な幕をかきわけて進みます。

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 そしてこちらが今回のタイトル作品の展示です。展示空間には、干し草が敷かれていて、ベンチもあります。巨大スクリーンには、砂浜と湖が映って、そして無数の風鈴が風に鳴る音が聞こえます。これが「アニミタス」。撮影場所は、南米のチリにある標高2000メートルの砂漠と湖だとか。スクリーンの裏では「ささやきの森」。こちらの動画の撮影場所は、瀬戸内海の豊島にある森だとか。これは心地よい映像作品です。

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 さてさて、例の「放送大学」、テーマが「文人精神の系譜」ということで、「近代の文人」の典型例として詩人・作家の佐藤春夫を取り上げようと、春夫記念館のある紀州は新宮にロケしてきました。さっそくのロケレポートです。

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 春夫がずっと暮らした文京区関口にあった洋館の自宅が、郷里の新宮市内の速玉大社の境内に移築されています。そこが現在の春夫記念館です。昭和初期に建てられたスペイン風の建築ですが、当時としてはたいそうモダンな設計でしたね。

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 記念館の内部にはさまざまな展示物がありますから、その前で春夫をめぐるオシャベリです。まあ春夫の文人性というテーマが中心でした。書斎というのが八角形の塔みたいな狭い空間です。こんなところも紹介しますよ。

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 そして最後は、春夫の居間で、まとめコメントの収録です。なんとかすぐにOKを貰ってひと安心でした。

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 晴れ続きの今回のロケなのですが、この日だけは昼から雨。この新宮に来る前には、いまにも降りだしそうな曇天のもと、那智勝浦町の湯川温泉、通称(春夫が命名しました)「ゆかし潟」での撮影でした。ここの風景、詳しくは八月に訪ねた際にすでにこのブログで紹介してますよね。さあ早朝の「ゆかし潟」、水鳥の群れが泳いでます。どんよりとした雲のしたでも、「ゆかし潟」、やはり「ゆかしい」=心ひかれるものがあります。

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 春夫がここを詠んだ短歌の歌碑の前や、この池の周囲をめぐる熊野古道での撮影です。初めてここを訪ねたのは、いまからもう7年前です(ロケスタッフには、「4、5年前に来たのが最初です」と言ってましたが、いやいや調べると7年前でしたね)、2009年の8月のことでしたから、感慨がありました。春夫の短歌を紹介しておきますね。「なかなかに名告ざるこそゆかしけれ、ゆかし潟とも呼ばば呼ばまし」。

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 今回のロケでは、春夫記念館の辻本雄一館長がなにかと便宜を図ってくださり、おおいにお世話になりましたが、記念館が所蔵する春夫の洋書を調査した「佐藤家旧蔵洋書目録」を頂戴できたのは、たいへん嬉しかったです。主に英語でちょっとドイツ語の原書もまじる377冊は、春夫が外国文学に直接コミットしようとした意志の現れですから、この目録は貴重です。当然エドガー・ポーはありました。詩文集ですね。ブレイクやキーツ、イェイツやジョイスがあるのは、「なるほど」ですが、意外だったのは、フローベールの英訳の全集10巻をそろえていることや、『阿片吸飲者の告白』で知られるトーマス・ド・クィンシーの選集12巻も所持している点ですね。ふーむ、春夫先生、なかなかやるな、です(笑)。

 お別れの引用句、はい、春夫は、ニューヨークのBONI&LIVERIGHT社から1927年に出ている選詩集を所持してますね、以前から気になっているエズラ・パウンドへの傾倒ですが(パウンドは、イタリアのムッソリーニに共鳴して親ファシズムの運動に左袒します)、その詩を春夫が訳した一篇です。

「おれたちは恋と怠惰(のらくら)とを歌ふ
 その他の一切はやる値打ちもない

 いろんな国を知らぬでもないが
 暮らせるところはここより無い

 青春の薔薇(さうび)、葉は悲しみに枯れようとも
 ままよ吾輩はいろをんなを有(も)つ

 なまじ飢餓国(ハンガリイ)なんかで行ひすまして
 万人の仰ぐところたらんよりは、だ。」

                                         (佐藤 春夫訳 エズラ・パウンド「悖徳歌」)

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