佃の吉増剛造さん宅で「放送大学」ロケでした+「四季派学会」、ゲストは稲川方人さんです

 壁隣(かべどなり) ものごとつかす 夜さむ哉(かな)   (与謝 蕪村)

 夜寒は秋の季語です。長屋の隣家では、寒くなったから火鉢でもとりだそうとしてゴトゴトいわせているのでしょう。芳賀徹さんのいう「路地住まいのユートピア」を詠んだ蕪村らしさがあらわれた一句です。

 さてその蕪村のことも登場します、来年4月にオンエア予定の「放送大学」、これまでも京都、北鎌倉、熊野新宮とロケが続きましたが、最後は佃でした。「文人精神の系譜」ということで、ラストに吉増剛造さんを紹介するので、お宅のある佃にうかがった次第。お宅にお邪魔する前に、このコーナーの導入パート、それにラストの〆のコメントを収録しました。まず住吉神社のそばの赤い欄干の橋のうえで、カメラ目線のシャベリです。

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 僕のしゃべるところは、自分でコメントを用意してますが、これを台詞として頭に入れないといけません。うーん、長いのはなかなか覚えられないなあ(泣)。キーワードを胸に刻んで、さあ本番です。

 そして、ラストのシーンは、墨田川が流れる脇の土手の公園で撮りました。ここでも台詞の暗誦に集中します。まあどうにかうまく行ったようです。

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 さあでは続いて、吉増さんの御自宅にお邪魔しました。多芸多才は文人の特性、ということで、江戸期の文人たちは、絵を描き書を書き、篆刻をやったり、でした。吉増さんの場合は、多芸多才なんて軽い扱いに収まるところではありません。二重露光写真、gozoCine(ゴーゾーシネ)、それに怪物君と、吉増さんならではのオリジナルなアート作品の創造はどうすれば可能なのか。六畳間の書斎にカメラや照明をセットして、じっくりとお話をうかがいました。

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 いやあ、吉増さんからは次々に刺戟的なお話が披露されました。たとえば朗読会の場合、日本語の通じない外国で日本語を解さない聴衆を前に行うときのほうが、なんとか向こうに声を届けようとして魂がこもったものになる、なんて、「なるほど」でした。ここはかなり濃密なインタビューになったと思います。原口美早紀ディレクター、「林センセイのリアクションがリアルでした」と評してくれましたが、まったくワクワクしながらの対話でしたね。とにかく今回は熱のこもったロケとなったので、さあ編集が大変ですよ。45分という時間枠のなかで、あれもこれも使いたい、となるでしょうからね。原口さん、がんばってください!

 この日、吉増さんからは、最新の怪物君制作場面を撮ったCineを見せていただきました。モスクワ出身でベルギーで活動する個性派ピアニストのヴァレリー・アファナシエフの弾くモーツァルトのピアノ曲に合わせて、吉増さん、鏨(たがね)をリズミカルに打ち鳴らしながら、原稿用紙のうえにインクを垂らしていきます。これは凄かったです。

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 ここでひとつお知らせを。僕も所属する近代詩の研究者たちの学会である「四季派学会」が、今月26日(土)の13時半から冬季大会を開きます。会場は、多摩センターにある恵泉女学園大学、つまり僕の勤務する大学です。二名の学会員の研究発表がありますが、その後の講演ゲストには、詩人の稲川方人さんをお招きしています。

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 稲川さん、「六〇年代初期の大衆文化風俗の確立と「四季」的なもの」というタイトルで講演くださるよし。さあどんなお話となるでしょうか。興味津々です。大会は聴講自由ですので、ご関心のあるかたはどうぞいらしてください。詳しくは「四季派学会」のHPをご覧あれ。こちらです。

         http://shikiha.webnode.jp/

さてお別れの引用句、では稲川さんの詩の言葉から、としましょう。

「生きとし生きるものはささやく
「死ガクルマデハ、
 われらの想い出に生き、
 死ガキテカラハ、
 われらを訪ねる者に従う」」
  
                                 (稲川 方人   『われらを生かしめる者はどこか』より)

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