熊谷守一美術館を訪ねました+岡谷公二『伊勢と出雲』読了、「神道」問題興味ありです

 黒猫の 風邪惹きがほを 覗きをり   (加藤 楸邨)

 猫好きの楸邨の「猫」俳句にこれを見つけました。ただ、風邪をひいたのはネコなのかな、それとも飼い主かなと、読みかたに迷いましたが、こんな句もあったので、風邪をひいたのはネコのほう、とわかりました。「風邪惹きの猫の寝息のかなしけれ」。

 ずっと訪ねようと思いながら、なかなか足を向ける機会がなかった熊谷守一美術館、やっと訪問することができました。現在は豊島区立になっていますね。冬晴れで青空がぐんと広がった午後です、池袋から有楽町線を一駅、「要町」で降りて、しばらく歩きます。熊谷守一(クマガイ・モリカズ 1880~1977)が、亡くなるまでの45年間を暮らした自宅の跡地に美術館は建っています。道路に案内が細かくでてました。

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熊谷守一、東京美術学校に明治33年、二十歳の年で青木繁らとともに入学して、黒田清輝や藤島武二らに絵の指導を受けていますから、アカデミックな近代美術教育を通過しているのですが、画風は、というと、独特としか形容しようのないものです。周囲から才能は認められていたのに、40歳ころまではほとんど絵筆をとろうとせず、その後、ここ豊島区の千早の家に暮らしだしてからが、樹木や草木に覆われた庭の小動物や草花を描き出し、髯も頭髪もボウボウで、「仙人」と呼ばれながらも自在な境地で作品活動を続けました。

 現代美術の作家である岡崎乾二郎さんが高く評価しているのが有名ですが、いやいや、東京アートフェアの会場に行ってみても、クマガイファンは多いようで、版画作品は大量に売り出されてました。さて美術館、500円の入館料を払って、一階のフロアから鑑賞しましょう。あの草ぼうぼうの庭がなくなっているのは残念です。

 一階と二階の絵画作品の展示フロアは、さすがに撮影禁止ですが、三階フロアの版画作品、こちらは即売もしていますね。ここは撮ってもいいようです。ではご覧ください。
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この館長は次女の榧(かや)さん(昭和4年生れ)だそうですが、展示された作品には榧さんの説明が付いています。画家の父を「モリ」と呼んでいますね。家族間の愛称なのでしょう。階段の壁には守一のポートレイトが飾られていました。なるほど「仙人」と呼ばれた風貌です。

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 帰りに受付で、この美術館の開館30周年を記念して作られた作品集(1000円です)と、平凡社ライブラリーで出ている自伝の『へたも絵のうち』、それに絵葉書を買って、お土産にします。バス停に向かって歩き出すと、おや、近所のカラスが電線のうえからお見送りです。このカラス君のご先祖は、守一と親しかったに違いありません(笑)。

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 さて、こちらは今年が没後30年という澁澤龍彦関連の話題です。この秋には世田谷文学館で、それを記念しての大回顧展が予告されていますが、そのプレイベントとして、連続講演が世田谷美術館で行われます。(というのも文学館は目下リニューアル工事中で4月まで休館中だからです。)第一回目は、巌谷國士さんの登場。大変な前人気で、150名の定員は事前予約で埋まっていましたが、幸いに昨年秋に「放送大学」のロケでお宅にお邪魔して久闊を叙した龍子夫人が小生を招待くださいました。巌谷さん、このBlogには瀧口修造関係のイベントなどでしばしば登場の常連(笑)です。この日も、澁澤から贈られたという杖をついての登壇です。

 最初に文学館館長の菅野昭正さんの御挨拶があって、それから巌谷さん、大学三年での澁澤との出会いの回想から始まり、闊達なお話ぶりでトークが続きました。会場に合わせて、美術の世界との関連を中心に、というテーマでしたので、バックのスクリーンに澁澤が好きだった美術作品の画像が投射されながらの講演でした。

 お話に出る澁澤のエッセイ集のタイトル、『神聖受胎』や『胡桃の中の世界』など、懐かしい限り。小生が家内と結婚したのは遥か昔、もう36年前!ですが(はい、すっかりジイジとバアバです(笑))、同じ澁澤の本を何冊も所持していた次第でした。それに婚約期に誕生日プレゼントに贈ってもらったのが、エルンストのコラージュ集『百頭女』でしたね。巌谷さんのお話では、それは澁澤が偏愛したものとか。もちろんいまも大事に置いています。

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 話題はガラッと変わって、正月以来の読書の報告をしておきます。最初はミシェル・レリスやレーモン・ルーセルなどフランス現代文学の専門家だったのですが、柳田國男研究に手を染めて以来、民俗学や神社学を主なフィールドとして、オリジナルな観点からの刺戟的な「神社」論を展開されている岡谷公二さん。僕はファンですが(笑)、その新著『伊勢と出雲・韓神(からかみ)と鉄』が、去年の夏に平凡社新書で出ました。それをこの正月休みにやっと読みました。期待に違わず、面白かったです。

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 この『伊勢と出雲』、伊勢神宮と出雲大社以外の伊勢と出雲の古層に注目するわけですが、鉄の生産技術を持って半島から渡来したひとびとが、日本各地に移動していき、伊勢神宮の近辺にもその痕跡があるのを検証します。岡谷さんの筆法は、いわば紀行ふうで、読者も著者ともども、その検証の旅に出たような気分になれるのがいいですね。いや、出雲の鰐淵寺など、実際に訪ねてみたい場所もありますよ。

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 そうそう、この本との関連で、村井康彦さんの岩波新書『出雲と大和―古代国家の原像をたずねて』も読みました。こちらは2013年の刊行で、おやもう12刷ですか、すごいなあ。村井さんといえば、僕は茶道の専門家だとばかり思っていて(実際、千利休関係の本など所持します)、どうしてこんなテーマを、と疑問でしたが、そうか、中世だけじゃなくて古代史の専門家でもあったのでした。

 他にも、松本直樹『神話で読みとく古代日本』、森下章司『古墳の古代史』(ともにちくま新書)、そして島薗進『国家神道と日本人』(岩波新書)を求めて勉強中です。うん、今日の朝日新聞の書評欄に、『出雲を原郷とする人たち』という藤原書店の本が採りあげられていました。これも読みましょう。

 そう、こうした神道への関心が決して僕の個人的なものではなく、時代の、いわば思想史的な流れのなかで顕在化しているものでもあるのは、青土社の「現代思想」が臨時増刊で「神道を考える」というのを出したところからもうかがえます。

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 読みだしたところですが、安藤礼二さんと鎌田東二さんの対談が、折口信夫と出口王仁三郎の問題を糸口にして明快に重要ポイントを炙り出していますね。(どうしてここに岡谷公二さんの寄稿がないのかな。)

 お別れの引用句です。去年がツァラのダダ宣言が1916年に出てちょうど100年、というので、ダダやシュルレアリスムにいくらかスポットが当たりましたが、思潮社から『ダダ・シュルレアリスム新訳詩集』が刊行されて、訳編者の塚原史さんと後藤美和子さんから一冊が贈られました。ありがとうございます。

 さあそのなかから、フィリップ・スーポーの詩を紹介しましょう。いつぞや與謝野文子さんから、小生の詩がこのスーポーによく似ている、と評していただき、それ以来ずっと気になっている詩人です(笑)。スーポーはダンスに強い共感を持っていましたし、戦後はラジオ局でディレクターをやった、というのも、当方との共通点ですがね。ともあれ、短めのを。ちょうど巌谷さん講演でお目にかかった後藤美和子さんの訳です。

「引き裂かれた一つの封筒が私の部屋を広げる
 私は思い出を押しのける
 出発だ
 私はスーツケースを忘れてしまった」
                                         (フリップ・スーポー 「炎」 後藤美和子訳)

この記事へのコメント

sakaho
2017年02月07日 14:47
林さん、神道関係の書物たくさん買い込んで勉強されてますね。小生、いちおう専門のはずなのに、買ったのは2冊だけ。それも村井康彦『出雲と大和』は50頁ほどで投げ出し。『現代思想』特集号の方は頑張って11編ほど読んだおかげで、神道史を鳥瞰する視野から中世日本紀の研究を捉えることができるようになりました。
ミニヨン
2017年02月09日 01:08
これは、sakahoさま、古代文学と折口信夫の専門家からのありがたいコメントです。「現代思想」の特集号、やはり斎藤英喜さんが編集ブレーンのようですね。その論稿「神道・大嘗祭・折口信夫」は、天皇の生前退位問題に絡んでの、いずれ生じるでしょう新天皇即位式を睨んでの神道論でしょうが、斎藤さん、折口の神道論こそをアクチュアルな思考の原点としなくては、という考えのようです。いや僕も賛成ですが。この「現代思想」、諸氏の論稿がまとめられてますが、うーん、神仏混交=サンクレティスムについてのもっともっと突っ込んだ論が欲しかったですね。京極派和歌についてのわが修士論文、一遍の時宗に絡めてこのあたりの問題に揺さぶりをかけたのですが、いずれ折を見て、さらに探訪します。

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