世田谷文学館では澁澤龍彦展がスタートです+わが家のカズオ・イシグロの本を

 稲妻を ふみて跣足(はだし)の 女かな       (高浜 虚子)

 虚子はときどき、不思議に形而上学的な?味わいの句を作ります。この句などもそうですね。いや、実景としては急なカミナリに驚いて裸足のままで駆け出した女性の姿を詠んだのでしょうが、「稲妻をふみて」が効いています。

画像


 世田谷文学館では、いよいよ「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」展が始まりました。1987年に59歳で亡くなったのですから、今年が没後30年。それを際しての大回顧展です。10月6日には内覧会でした。招待いただきます。まず二階のフロアの展示をじっくり観ておきましょう。
画像
画像
画像


去年の10月には、出演しました「放送大学」特別講義の「文人精神の系譜」のロケで、北鎌倉にある澁澤邸を訪ねたところなので、出展されている書斎の品々との再会は、なんだか懐かしい?です。

 しかし、今回の目玉は、なんといっても澁澤の生原稿や自筆ノートがたくさんあるところでしょう。ちょっと丸文字っぽい、澁澤独特の書体の原稿、つい読んでゆきます。この展示を監修された巌谷國士さんがスピーチで触れられましたが、澁澤文字はとても読み易いのですね。読者に明快に伝えようという、ポジティヴ精神の現れでしょう。すでに本で読んでいて、お馴染みの一節を生原稿でたどります。

画像
画像
画像
画像


面白い展示物もあります。女性誌の「anan」なども。こうした媒体に執筆するところから、一般読者の人気にも火が点いたのでしょう。澁澤本人のイラストも出てますね。なかなか絵心あり、です。そしてテレビカメラの取材も。訊けば、「NHKのニュース取材です」とのこと、ほほう、話題になりますね。

画像
画像
画像


 また友人らに出した書簡も多数展示されていて興味深いです。僕がとりわけ気になったのは、瀧口修造宛ての手紙でした。なんとなく畏(かしこ)まって書いているのかな、という印象が残ります(笑)。今回の展示の監修を担当した巌谷國士さん宛ての手紙をご本人が解説してくださいました。

画像
画像
画像


 さて18時からは開展式です。一階フロアに関係者の皆さんらが集まって、菅野昭正館長のご挨拶がありました。そうか、菅野さん、東大仏文時代、澁澤と同門だったのですね。ティータイムとなって、途中に澁澤夫人の龍子さんや巌谷さんのご挨拶があり、主人公没後30年、という年月を偲びました。展示は12月17日まで。カタログも立派な出来映えで、これは平凡社から書籍として販売されるのでしょう。なかなか凝った編集ですよ。

画像
画像
画像
画像
画像


話題は変わって、今年のノーベル文学賞は、カズオ・イシグロが受賞しましたが、これはグッドニュースでしたね。(別に僕は天の邪鬼ではないのですが(笑)、日本で騒がれる某M氏が受賞、よりもよほど良かったなと思います。M氏の近作は手に取る気もおきません。)カズオ・イシグロの邦訳本は、わが家にかなりあるので、集めてデジカメで撮りました。

画像
画像


 と、こう紹介すると、熱心なイシグロの読者のように思われるでしょうが、実はこの本は家内の英子のもので、僕は、『日の名残り』しか読んでいません。いや、『日の名残り』は、こちらはかなりのファンのつもりです、イギリスの作家のイーヴリン・ウォーを思わせる、大英帝国気質?に通じるものを感じて感心しましたが、どうもそのあとが続かないままで、「そのうち読もう」が今にいたってしまいました。

 そうそう、ノーベル文学賞といえば、2014年に受賞したフランスの作家のパトリック・モディアノ、この作家のことは僕も「モディアノ中毒」といわれる症状にかかったひとりで邦訳書はまず全部読了していますが(ノーベル賞に決まったときも、このブログで彼の著作をデジカメで撮って紹介しましたね(笑))、カズオ・イシグロの世界も「記憶」がキーワードとなるという点ではモディアノに通じるものがあるのでは、なんて思ってます。とにかく目下は、いささか火事場状態、とても長編小説のページを繰る余裕がないですが、そのうちにぜひ…。

 お別れの引用句、澁澤の世界を語るとなると、やはりこのひとでしょう。展覧会カタログの文章からです。

「逆にいえば、「私」の書くべきことはほとんど過去の書物に先在しているので、それらを引用したり組みあわせたりすれば、そこに新しい「私」をつくることだってできる。」
                    (巌谷 國士   「澁澤龍彦と文学の旅」)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック