林浩平の《饒舌三昧》

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zoom RSS 上田市美で篠田桃紅展を鑑賞+別所温泉は「信州の鎌倉」、古刹巡りです(画像追加)

<<   作成日時 : 2018/06/11 11:37   >>

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 灯るごと 梅雨の郭公(かっこう) 鳴き出だす     (石田 波郷)

 梅雨の雨が降るなかで、郭公が一羽、また一羽と鳴きだした様子を、「灯るごと」、まるで家々の明かりが夜の闇のなかで灯りだすようだ、と表現したのですね。波郷、やはり「文学的な」俳人でした。

 さて関東も梅雨入りしましたが、幸いよく晴れた一日、東京駅から北陸新幹線に乗って、信州の上田駅まで。この街の市立美術館では現在、篠田桃紅展「とどめ得ぬもの 墨のいろ心のかたち」を開催しているのです。桃紅展、数年前にはホテルオークラの近くの智美術館に鑑賞に赴きこのブログでも報告をしましたが、今回は作家105歳を記念しての回顧展です。これは観ておかねば。上田の街へは初めての訪問です。

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 JR上田駅の南口を少し歩くと、サントミューゼという大きな文化施設が見えてきます。ずいぶんと広い。エントランスから入館して進みますが、いくつものスタジオやら会議室があって、「美術館はどこですか?」と尋ねながら。奥にありました。展示は二階のフロア、平日の正午前なのに、けっこうな入館者数です。ここに90点ほどが集まりました。館内は撮影が出来ません。購入した5年前の図録を接写しましょう。

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2012年制作の「百」、そして2010年の「心」です。210×150センチと170×363センチの大作です。銀地、銀泥に加えて墨や朱で描かれています。「百」は、まさに百歳を迎えるにあたっての心意気?がモチーフでしょう。

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 続いては、2002年の「表情」、そして2001年の「こころ」です。これらも大作。しかし実際の展示は、1913年(大正2年)に満洲の大連で生まれた(ですから本名は、満洲子(ますこ)です)とき以来、6歳で書道を始めたころから府立高女時代に師範について書を学びだし、27歳で最初の個展をひらくまでの作家の歩みをパネルで示していました。なるほど若いころからその書の個性はきわだっていましたね。

 しかし、桃紅さんの大きな転機は、やはり1956年43歳の年の渡米でしょう。ニューヨークに2年間滞在して、当時は現代美術のシーンで大きなニューウェーヴだった抽象表現主義(ポロック、デ・クーニング、ニューマンやロスコたちです)の磁気嵐のただなかに身を置いて制作したことは、大きな刺激となったでしょう。

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 和紙に墨の作品です、順に、「萩原朔太郎 詩」(1950〜54年)、「いざない」(1953年)、そして「無題」(1956年)。桃紅さんは、他にも三好達治の詩を素材にしたりと、詩の世界にも関心を示しますが、若いころには、與謝野晶子の門人だった中原綾子に師事して、短歌を詠んでいた時期もあったよし。しかしこのころから、文字の世界を離れて、抽象造形の世界へと突き進んでいますね。

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 会場で上映されていた桃紅さんのドキュメンタリー番組がなかなか面白かったですが(テレビ信州の制作でしたか)、そのなかでも強調されていたのは60年代あたりから、ホテルの内装用の作品を手掛けたり、建築家とのコラボを始めたりして、公共芸術へ、という志向が生まれたところが大事でしょう。丹下健三の日南文化センターのなかのコラボは秀逸でした。丹下という建築家は、まあ功罪半ばする、というところがありますが(笑)、この建築は素敵です。

 ともあれ、上に紹介した3点、順に、「月読み」(1978年)、「早朝」(1995年)、「夢」(1998年)、いずれも素晴らしいもので、会場ではじっくりと鑑賞していました。

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 1965年ころからはリトグラフも作り出していたのですね。2点を紹介しました、「Eager」、そして「Iroha」です。さらには、2001年の「こよなく」も大作でした。「2010年 アトリエにて」という桃紅さんの近影、まったくの現役の気配です。あやかりたいです。

 さてその後は、上田市内で特産品のお蕎麦の昼食をとったあと、上田城跡や真田神社をざっと見学、ここはあのNHKの大河ドラマ「真田丸」でメジャーな観光スポットになりました。信州上田といえば、信濃デッサン館は一度訪ねたかったのですが、生憎ちょうどこの春で閉館、残念でした。仕方がありません。では、「信州の鎌倉」というキャッチフレーズが気になるので、上田駅から上田電鉄に乗って、郊外の別所温泉に向かうことにしました。千曲川を渡って住宅地を抜けると田園風景が広がります。25分ほどで到着です。

 駅の案内所のひとは、「2時間あれば、ゆっくりと回って、足湯にも浸かれますよ」と親切に案内してくれました。ほほう、鎌倉時代に創建されたお寺もあるのですね。ではまずその常楽寺へ。

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 本堂は、茅葺きで寄棟造りの立派なもの。延暦寺の座主だった円仁慈覚大師が開山しました。現在は天台宗の別格本山だとか。大勢の学僧が仏の教えを学んできたので、「信州の学海」とも呼ばれたそうです。本堂の裏手に回ってみましょう。

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石造の多宝塔の優れたものは珍しいとのこと、中央のは重要文化財に指定されています。また周囲には、歴代の住職たちの墓石や五輪塔などもたくさん建っていて、豊かな石の文化を感じますね。佳い雰囲気の場所なのですが、蚊の来襲には閉口しました。

 常楽寺を出て、次に安楽寺に向かいます。こちらは臨済宗のお寺。山門の杉並木が禅寺っぽいです。

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 宋に留学したこともあるという、信州出身の樵谷惟仙(しょうこくいせん)というひとが鎌倉時代に開山したよし。このお寺の目玉は、なんといっても八角三重塔です。長野県で最初の国宝に指定されました。

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 一見、四重の塔に見えますが、一番下のは、庇(ひさし)に当たる「裳階(もこし)」というものだそうで、正式には三重塔です。これは日本に現存するものが少ないとされる唐様の三重塔、そりゃあ国宝でしょう。信州塩田平という小さな盆地に、よくぞこんな立派な建築物が出来たものです。

 信州の厄除け観音として知られるのが、北向(きたむき)観音です。825年の創建とか、ずいぶん古いですね。本堂、それに本尊の秘仏の千手観音も北を向いている、という珍しい神社です。この境内には、川口松太郎原作で大ヒット映画となった「愛染かつら」のモデルにあたるカツラの古木がありました。よって「恋愛成就」のパワースポットなのだとか。

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 古い歴史を持つ別所温泉、何軒もの温泉旅館が並んでいますが、源泉のお湯が引かれた足湯があって、自由に使えます。「ななくり」という足湯で、シューズ、靴下を脱ぎ、ジーンズの裾をたくしあげて、しばしの「足湯」体験、でした(笑)。

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 さて、JR上田駅から北陸新幹線で東京に帰らなくてはなりません。郊外電車で帰路に、です。別所温泉駅のベンチに座ると、おや、自動販売機のこんなイラスト?が目にとまりました。やっぱり「真田丸」です。

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 お別れの引用句、詩人の三好達治が、自作の詩を篠田桃紅さんが書にしたので、それについてのエッセイをどこかに綴ったはずですが、筑摩の全集を探索してみても、どこだったか不明です。仕方ありません。その詩の一節を引いて、お別れとします。

「廂々(ひさしびさし)に
 風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
 ひとりなる
 わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ」
                              (三好 達治 「甃のうへ」 詩集『測量船』より)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「別府温泉」ではなく、「別所温泉」ではありませんか
信濃のたんぽぽ
2018/06/27 03:07
「信濃のたんぽぽ」さま、ご指摘、ありがとうございます。別所温泉です。本文の最初ではちゃんとそうしてますのに、タイトル、そして本文の後のほうを間違えてました、すぐ訂正します。
ミニヨン
2018/06/28 19:28

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