林浩平の《饒舌三昧》

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zoom RSS アフリカンアートミュージアムで「ベニン王国の美術」展を観ました。素晴らしい!これには瀧口修造も言及し

<<   作成日時 : 2018/09/23 01:41   >>

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 鬼一人 泣きに来てゐる 曼珠沙華     (辻村 麻乃)

 辻村麻乃(まの)さんの第二句集『るん』からです。秋の彼岸となって、この夏は猛暑だったので花は遅れるかなと思ったのですが、いやいや彼岸花の名の通り、東京でもそこここに赤い曼珠沙華を見つけます。麻乃さん、残念ながらまだお目にかかる機会はないのですが、お父様が詩人の故岡田隆彦さん、お母様が俳人の岡田史乃さんです。赤い曼珠沙華のどこか不穏な?イメージを「ひとりの鬼が泣きに来ている」としたところに、お父様のDNAを受け継いだかのような、現代詩ふうの措辞が表れているのでは。麻乃さん、またプログレッシブロックのファンでもある、というところが嬉しいです(笑)。

 さて、この20日(木)、21日(金)と生憎雨がちの空模様でしたが、これまでほとんどご縁のなかった山梨県を訪ねて甲府に一泊してきました。というのは、20日の夜には甲府の桜座という和風ライブスポットで、1970年代はじめに現代詩壇に登場して脚光を浴びながら、しばらくして忽然と姿を消した伝説の詩人、帷子耀(かたびら・あき)さんの詩集『帷子耀習作集成』の刊行記念イベントがあり、そこに吉増剛造さんもジョイントされるというので、これは行かなきゃあ、でした。

 またこれはまったくの偶然ですが、翌21日には、甲府の山梨県立文学館で、草野心平展のオープニングがあると招待状をもらっていたのです。よし、じゃあ甲府に一泊だと決めて、そうなると、こちらには日帰りで訪ねてみようと思っていた北杜市の長坂にあるアフリカンアートミュージアム、ここで現在開催中の「ベニン王国の美術」もゆっくり鑑賞することが出来ます。20日、いまにも雨になりそうな新宿駅から特急「かいじ」に乗りました。甲府駅で普通車に乗り換えて、小淵沢のひとつ手前の長坂駅まで。車窓は雨です。

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 駅前からタクシーです。5,6分走ると到着。ドライバーは若いおねえさんでしたが、「あ、あそこに猿がいますよ」と教えてくれます。鹿も姿を見せるとか。そんな山あいにミュージアムはあります。

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 「ベニン王国の美術」展、当館の伊藤満館長のお許しを得て、展示作品をデジカメで撮影させていただきました。これが素晴らしかった。まずお目にかけるのは、「オバ(王)の頭像」、ブロンズ作品です。

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 最初のは、18世紀ころの、三番目のは15世紀ころの作だそうですが、ベニン王国では早くからブロンズを鋳造する技術が受け継がれていたのですね。感嘆しました。このベニン王国、現在のナイジェリアですが、10世紀ころに第一王朝が、ついで12世紀から第二王朝が成立して19世紀までナイジェリア南部に栄えたそうです。またこのベニンに影響を与えたのが、10〜15世紀にアフリカで唯一の写実彫刻で知られるイフェの文化だとか。イフェにもすでにブロンズの技術がありました。さらにベニンの頭像をご覧ください。

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 うえのふたつは、やはり「オバ(王)の頭像」、それから「瓢箪形の帽子の頭像」(16世紀)、「王母の記念像」(17世紀)と続きます。いずれも見事な造形です。繊細な造形感覚と成熟した制作の技術を持ち、それがちゃんと受け継がれていたのですね。

 1897年にイギリスの軍隊が首都を襲って王宮などを破壊した際に、これらのブロンズ作品などを約2000点、略奪して欧米に流したということですが、これらのモダンな作は、西洋人の指導があったのではないか、と思ったことでしょう。

さらに素敵な作をご紹介します。

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 どれもベニン王国で16世紀に作られたブロンズ像です。順に、「牡羊の装飾板」、傑作です。そして、「道化師の像」。宮廷に実在した小人の道化師がモデルだそうですが、これも傑作。続いて、「戦勝記念の装飾板」、「羊の水差し」、最後のは騎馬兵ですね。

 またベニン王国では、ポルトガル人を傭兵としたのでしょう、関連した作もたくさんあります。

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 順に、「ポルトガル騎馬兵の像」、「ポルトガル兵の装飾板」、そしてこれも傑作でしょう、「ポルトガル兵隊長の装飾板」、お見事です。

 館内の様子も紹介しましょう。こんな感じです。

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 ベニン王国のルーツ?にあたるというイフェ文化でもブロンズが作られました。12〜15世紀の作とされます、イフェの「オニ(王)の頭像」を紹介しましょう。

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 こちらの造形も面白いですが、ベニンの王の頭像とはだいぶ様式が違います。イフェを先祖に持つとされるのがヨルバの人々で、そのヨルバの作品も何点か展示されていました。どれも木を材料にしたものですね、立派な「王宮の扉」、そして「犬の座像」、これまた刺激的です、「イスラム僧のマスク」、それらをご覧ください。

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 ピカソやブラック、ジャコメッティやヘンリー・ムーアたちはアフリカ美術に大きな影響を受けたというのはよく知られていますが、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンも、アフリカの土俗的な工芸品や人形、仮面などに並々ならぬ関心を抱いて、たくさんコレクションを持っていました。瀧口修造が、パリのアパルトマンにブルトンを訪ねた際のスナップが残っていますが、その部屋にはこうしたアフリカ原産のオブジェがいくつも飾られていました。

 瀧口修造自身も、こうしたいわゆる「プリミティフ芸術」には大きな関心を示していて、1961年に読売新聞社が主催した「アフリカ芸術展」の図録に細かな解説を執筆したそうです。それをみすず書房の「コレクション瀧口修造」の第10巻で読むことができます。(しかし、このコレクションの編集、友人のT氏からは「ひどいものですよ」と嘆きに近い声を聞いています。テクストの選定が恣意的だったり、など色々問題が多いようです。)

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 瀧口も、このベニン王国のブロンズ作品に触れていますね。そこを引用して、今日はおしまいにします。

「ベニンには十五世紀以来、ポルトガル、オランダ、英国の旅行者が相ついで訪れ、初めに象牙細工がもたらされたが、青銅彫刻が初めて欧州に紹介されたのは一八九七年英国に征服されてからで、それ以来ベニンの彫刻は有名になった。(略)しかしベニンの最古の青銅彫刻の時代はポルトガル人に接する以前にさかのぼるので、欧州からの伝来説は覆されることになる。そこでインドから曲折を経て来たものだという説も出ているが、鋳銅法がイフェからベニンに来たことは確実で、問題はヨルーバ族がどこから学んだかということである。」

                         (瀧口 修造    「プリミティフ芸術」)

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