「伊勢神宮と神々の美術」展に行きました+岡井隆さんの新詩集はえらく刺激的です


 百日紅 ラヂオのほかに 声もなし   (中村 草田男)

 「百日紅」は「サルスベリ」ですが、この句での読みは「ひゃくじつこう」のほうがよいのでは。六音の字余り句としましょう。真夏の激しい光のなか、サルスベリの真っ赤な(あるいは真っ白な)花が目を射ます。そんな情景に流れてくるのはラジオの声ばかり。ひとの影はありません。実に、「昭和の夏」という感じですね。「男性的な」とは草田男句によく使われる形容でしょうが、まさにそれがここでもぴったりでしょう。

 上野の東京国立博物館では「伊勢神宮と神々の美術」展を開催中です。伊勢神宮では20年に一度、正殿はじめ神宝や装束をみんな新しいものに取り替える「遷宮」が行なわれてきたわけですが、2013年には62回めのそれがあるというので、景気付け?のためにこういう企画を売り込んだ?のでしょか。無料入場券が手に入ったので、真夏の光がやっと顔を出した午後、上野のお山に行きました。春の阿修羅展と同じ会場ですが、あの時の満員盛況ぶりはどこへやら、実にスムーズに見学が出来ます。実際、神道ではイコン崇拝というものとは縁がないわけでしょうから、神道美術というのは発展しません。しかし仏教と習合した結果、神道系の曼陀羅やら神像というのが生れましたね。「伊勢参詣曼荼羅」というのはなんだか珍妙でしたが(笑)、石清水八幡にあるという童形神坐像とか女神坐像なんかはなかなかチャーミングでしたよ。平安末期はやっぱり浄土信仰が公家社会に広まったのですね(法然の説いた浄土宗へは後白河院や後鳥羽院も帰依したそうですから)、度会(わたらい)家の神官すらも極楽往生を願って経筒に自分の名前を書いて寺に収めています。面白いなあ。

 しばらく小生は折口信夫論に取り組む毎日ですが、折口、実は伊勢神宮の祭神であるアマテラスを重視しないのですね。どうしてかといいますと、祖先神に対して懐疑的なところがある折口ですから、天皇家の祖先神であるアマテラスを持ち上げるのが具合がよくないから、という説もあります。要するに戦後の折口が唱える、神道の普遍的宗教化という命題からいけば、神道を天皇家のカミの道という枠で収めるのじゃあオモシロくないわけでしょう。それから折口はよく「霊(たま)を結ぶ」ということをいいます。霊魂を吹き込んでイノチを与えるのです。「遷宮」なんてまさにその骨法で可能なのではないでしょうか。つまり20年たったらまっさらな正殿に替わるのにそこにはちゃんとカミの霊がおわしますから霊的な権威はキープされてるわけですね。しかし今回の展示の見所は、というと、それは神宝として奉納される衣裳や鏡や太刀などの工芸品に示された第一級の手わざでしょうね。現在でいえば人間国宝クラスの工芸家が総動員で制作したものです。古くなって取り替えられるものは「古神宝」と言われるそうですが、昔はそういうものは全部土に埋めた、というのですから、たいへんなポトラッチですね。ま、そんな次第で、神道の思考法などについても実地に触れたという感がありました。

 東博、帰りには表慶館に立ち寄ります。現在は東洋館が修復中のためにそこのアジア系のお宝をこちらに運び、中国・朝鮮・インド・中近東と地域に分けて展示されてますが、コンパクトに各文明の差異が確かめられてここも面白かったです。なにより近代遺産といえるあの石造りの建物の内部がいいですね。そして駅まで近く来て、ここで西洋美術館に入場します。ふと「かたちは、うつる」という収蔵作品を用いての企画展の看板に惹かれました。デューラーのあの名作版画「メレンコリア」が眼に留まったからでしたが。四百円ほどの入館料を払いました。企画展会場に入る前に、カフェ「睡蓮」でフルーツジュースを飲んで小休憩。さてデューラーの「メレンコリア」、大きな羽の天使が考え事をしながら休んでいてコウモリが飛ぶというたいへん有名な作品ですが、実物はやけに小さいですね。ちょいと拍子抜け。版画を中心としたこの展示、「うつる」という言葉を転用して?主題ごとにコーナーを構成しようという学芸員の努力がうかがえるものでしたが、僕は正直、こうしたリクツ先行の意味付けは感心いたしません。「ゴタクはうるせえや」と解説はいっさいすっ飛ばして作品だけを観て回りました。結局一番気に入ったのは何点か展示されてたジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの版画作品。そう、あの「牢獄」シリーズで有名なピラネージです。澁澤龍彦などが盛んにほめあげていましたが、いやその手わざはえらく細かくかつ画面にデーモンが現れてますよ。それからお馴染み松方コレクションもざっと眺めて、いささか草臥れて帰宅しました。

 数日前ですが、歌人の岡井隆さんから新しい著作『注解する者』(思潮社)を贈っていただきました。これ、「岡井隆詩集」という文字が表に彫りこまれています。確かに全篇散文詩形式で綴られています。(短歌じゃありません(笑)。)が、単純な散文詩では決してない。「注解詩」という、ヤラレマシタね、これはまったく新しい形式の文学テクストですよ。「注解」とありますが、「註」ではなくて「注」であること、それを岡井さんは「注解とは水を注いで土をやはらかく解くことを言ふのでサンズイ扁が正しいのだ」と「高名な考証学者N先生」に語らせます。「注解者」は要するにテクストの作者そのひとを指す一人称。(つまり昭和3年生れ、現在は81歳の歌人・岡井隆氏そのひと、ということになります。)その「注解者」の日記、あるいは私小説ふうなエクリチュールでもあり、随筆の語りくちでもあり、要するに「注解」つまり「メタ」のレベルを幾層も幾層も重ねながら、紡がれるテクストがこれなのですね。

 ここに召喚される固有名にまずは惹きつけられます。歌人の米川千嘉子さんの短歌から始まり、小泉八雲の奇譚の不思議なエロスに幻惑されて、そして岡井さんがご自身がそうでしたが、医師でもある文学者の大先輩ということで、斉藤茂吉と木下杢太郎ともども大いに敬意を払い、かつ多大なシンパシーを寄せる森鴎外の残したきわめて注目すべきホラー短篇(快楽殺人が描かれます。うん、これは佐藤春夫なんか鴎外先生にシテヤラレタ、と悔しがったでしょう)「鼠坂」が「注解」の対象となります。いや「鼠坂」、これは文芸創作の授業の教材として使おうとずっと考えていたものなので、岡井さんに先を越されましたが(笑)。これを読み解く「注解者」の、鴎外の軍人心理などの無意識の深層にも分け入っての解読が見事ですがね。そしてかつての前衛短歌作者時代の僚友たる寺山修司の思い出が出てきたり、ずっと読みこんでられるというウィトゲンシュタインの言語哲学に関しての深いレベルでのアプローチがあったり、また芭蕉俳諧の大「注解」者でもあった安東次男さんや、大注釈書『古事記伝』の著者である本居宣長への言及があったり、とまあその知的好奇心の膨らみ方が実に若々しいです。

 それになんといっても、現在の岡井さんは、天皇家の短歌作りの指導者というお役目を担っておられるわけですから、至尊のかたがたとの日常的な交流もおありです。そのことがさりげなく私小説ふうの場面描写などに用いられますが、ま、ここらも帝室博物館長として天皇との「付き合い」のあった鴎外への連想なども交えて、いわば「権力的空間」との関わり?へのアイロ二カルな眼差しを「注解者」に与えているようですね。いやあなにしろ、固有名、どんどん意外なひとが登場します。「ベンヤミン平出隆」、「ジャン=リュック・ナンシー」、「建畠晢」あたりはまあわかります。「ハンマースホイ」に「大高翔」と来ては驚きですね(笑)。とにかく読者に、読み切った、と言わせない、とばかりに「注解詩」、七変化を繰り返します。いやはや、なんというお礼状を書きましょうか。これは「注解者」による「採点」を覚悟しましょう(笑)。

 さてお別れの時間です。引用句、今日はそのジャン=リュック・ナンシーからは「彼は《アウシュヴィッツ以後》の詩人である」という、これは当然あのアドルノの言葉を踏まえた讃辞を贈られた詩人のテクストを引きましょう。岡井さんの詩集にも「妻」なる存在が実に微笑ましい家族小説ふうな味を加えて描かれますが、こちらは詩人が「妻」に先立たれたときに書かれた哀悼が主題のテクストです。

「墓の敷石になにを刻もうか。水平にひろがる墓地のなか、今朝ほど選んだ蒼白の大理石の角面に?ぼくの詩をひもといてみよう。それともこの題名はどうだろう。

 尽き果てることなきものへ。」
              (ミッシェル・ドゥギー 『尽き果てることなきものへ・喪をめぐる省察』 (梅木達郎訳))

"「伊勢神宮と神々の美術」展に行きました+岡井隆さんの新詩集はえらく刺激的です" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント