ボルゲーゼ美術館展は二流品オンパレード+吉増剛造さんトーク+『ドゥイノの悲歌』新訳が岩波文庫
いつよりか 温石(おんじゃく)先生といはれけり (河東 碧梧桐)
碧梧桐は高浜虚子の親友でまた俳句の道ではライヴァルでもありました。俳句のみならず旅行家やジャーナリストとしても書家としても一家をなしたといえるでしょう。温石は軽石を焼いて布で包み懐に入れて携帯用の暖房具にしたもの。ただし温石はボロ布で包むので、ボロを着たひとを「温石さん」と言ったそうです。碧梧桐先生は身なりをかまわなかったのでしょうね。いやそれも一種のダンディズム?
イタリアはローマの街の北東部にボルゲーゼ公園という大きな公園があります。もう10年以上昔ですが、この公園脇の緩やかな坂になった、フェリーニ監督の「甘い生活」の舞台でもあったヴェネト通りに面した小さなホテルに泊ったことがありました。翌日、公園のなかにある美術館に行ったところ、残念ながらちょうど修復中で入館できず。仕方がないので同行の家人と一緒に、同じ公園のなかにある動物園に入りました。園内、あまり動物の姿もなく、入場者もまばらでしたね。ローマ観光で動物園に行ったひとも珍しいのでは(笑)。
その時に見そびれたボルゲーゼ美術館の収蔵品が来たというので、会場の東京都美術館に行きました。かつての名門貴族だったボルゲーゼ一族が収集したルネッサンスとバロックの「珠玉のコレクション」という謳い文句で、目玉はラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」とカラバッジョの「洗礼者ヨハネ」です。ただこれまでただの一度もこの会場での企画展に感心したことがありません。だから今回もさほどの期待もしていなかったのですが、案の定ショボイものでしたなあ(笑)。看板のラファエロだって魅力に乏しい作。婦人が抱く一角獣、レントゲン調査の結果最初は犬だったものが塗りつぶされていたよし。それを一角獣に「復元」したのですね。なんだか絵の上と下がバラバラの感じ。会場には復元する前の絵の写真版がありましたが、このままのほうがまだマシだったのでは。他にも修復をして色が鮮明に再現された絵がいくつも展示されてましたが、それらは総じて安っぽい感じ。歴史的な絵画は或る程度の「古さ」が欲しいです。
僕は、ティッツアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ、ジョルジョーネなどのいわゆるヴェネチア派の画家が好きですが、ここに出展されているなかにヴェロネーゼ「魚に説教する聖アントニオ」という作はあるものの、あまり感心せず。どうも二流品レベルの絵が並びます。所詮権力者貴族の美術趣味というのは俗っぽいものなのでしょう。枢機卿まで務めたというシピオーネ・ボルゲーゼがいかにもオヤジ顔をそのまま描かせてオルフェウスの姿で楽器を演奏するモザイク画がありましたが、滑稽そのもの。出口近くのショップで売っているボッティチェリの複製画を見て、ほっとしていました(笑)。
青山ブックセンターでは、詩人の吉増剛造さんの新著『静かなアメリカ』の刊行を記念して吉増さんと文化人類学者の今福龍太氏とのトークがありました。吉増さん独特の手法で撮られてGOZO CINEと名付けられた動画作品の新作の上映もあるとのことで愉しみに参上しました。吉増さんと今福氏のコンビでは『アーキペラゴ』という対話集を岩波から出していますから、お互いの呼吸もよく心得られたものでしょう。ふたりの最初の出会いは、20年前のニューメキシコだったとのこと。新著のテーマである「アメリカ」をめぐるくさぐさが、その時の思い出から始まって語られていきます。吉増さんは奥様のマリリアさんがブラジル人ということもあり、以前には二年間サンパウロ大学で先生をされました。今福氏もブラジルとの縁が深いようですね。この間100歳で亡くなった文化人類学の大先輩レヴィ=ストロースのブラジルを舞台にした『悲しき熱帯』の一節なども朗読します。
そしてGOZO CINE、夏の下北沢を撮影したヴァージョンが上映されました。そのなかで以前吉増さんが住んでおられたというアパートの二階が吉増さん自身によって撮影されたのが興味深いことでした。しかしこのなかで吉増さんのナレーションによって語られるのが「昨日、津田新吾さんが亡くなって」という事実。この映像作品は、吉増さんが信頼を寄せられた編集者だった津田氏追悼という意味も持つでしょう。そう、会場の青山BCの一画には、その津田さんが担当して青土社から出した書物の特集コーナーがあって、吉増さんの名作詩集『花火の家の入口で』などが並んでいます。これは嬉しい企画ですね。わが家の書架にもある本もかなりあります。著者から頂戴したり、買ったりしたものです。あ、そうそう、客席には多くの知友が見えていましたが、皆さんご挨拶として、拙著の折口信夫論のことに触れてくださるのはありがたい次第。今福氏からは「ちゃんと本屋で買いましたよ」とうかがって、それは恐縮でした。しかし〈書物〉をめぐるつながりや縁、改めて大切なことと思います。この日はイタリアはフィレンツェから吉増論も書いたことのあるマルコ・マッツィ君とそのご両親も参加していました。トーク、そして吉増さんのサイン会の終了後には近所の自然食レストランで関係者の皆さんとウチアゲの宴。和やかなひとときでした。
引用句、最近岩波文庫で刊行された一冊から。リルケの『ドゥイノの悲歌』です。僕の手許には以前に友人から貰った「昭和43年第11刷」の一冊がありますが、もうだいぶ変色しています。今回は改版で手塚富雄氏の訳も新しいヴァージョンにしたようですね。リルケもベンヤミンなどと並んでますますその重要性が近年再評価されているのではないでしょうか。
「すべての天使は怖ろしい。けれど、ああ、わたしは、
おんみら天使よ、ほとんどわれらの命をも絶つべきおんみら「魂の鳥たち」よ、
おんみらにむかって歌う、おんみらが何かを知るゆえに。天使と人がしたしく
交わったあのトピアスの時代はどこへ去ったのか、」
(R・M・リルケ 『ドゥイノの悲歌』 「第二の悲歌」)
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