ヴェンダース監督の映画「パレルモ・シューティング」+出光美術館の「等伯と狩野派」展


 冬至の日 しみじみ親し 膝に来る   (富安 風生)

 一年で一番昼の短い冬至の日射しが詠われます。弱弱しい午後の陽が縁側で寛ぐ俳人の膝元に当っている、という情景でしょう。「しみじみ親し」が効いてますね。

 下高井戸シネマはその名の通り、京王線の下高井戸駅の裏手にある個性的な?ミニ映画館です。この駅のプラットフォームには上映予定のチラシが置かれてあり、三軒茶屋から世田谷線で帰るときなど時々このチラシを手にとっては「ほーう、なかなかシブい映画をやるなあ」と感心してきました。観たいなというものもあったのですが、ご縁がなくて今にいたりました。ちょうど今週いっぱいヴィム・ヴェンダース監督の2008年の映画作品「パレルモ・シューティング」をレイトショーで上映するとのこと、ヴェンダースと言えば、亡くなった振付家のピナ・バウシュを撮ったドキュメンタリーが日本でももうすぐ一般上映されるというのでちょっと気にしていたところでもありました。2008年のこの映画のことは、カンヌ映画祭に招待された作品とかいう話は仄聞してましたがあまり評判にもならずロードショー公開も短い間に終ったようでした。ヴェンダース作品、最近は神通力をなくしている印象ですが、まあせっかくの機会です。下高井戸シネマを初めて訪ねました。

 主演はドイツのロックバンドのヴォーカリストでカンピーノという名前です。売れっ子の写真家フィンを演じます。前半の舞台はドイツのデュッセルドルフ。ふーん、この街はヴェンダースとカンピーノふたりの故郷とのこと、ヴェンダースは初めて故郷を映画に撮ったよしですね。写真家のスタジオは最新式のデジタル編集装置が完備したもので、スタイリッシュな雰囲気。写真界にもデジタルテクノロジーが浸透して、映像を自在に加工するわけです。写真家フィンはそんななかで自らの表現の行き詰まりを覚えたりして「自死」の妄想にとりつかれます。街を貫流するライン川の広い河原で出会うのは数百頭の羊を連れたケッタイな羊飼い。(このロケはそうとう大がかりでしたね。助監督がタイヘンだ。)そのときライン川を航行する大きな船に「PALERMO]の文字が。羊飼いの「あれは「すべての港」という意味さ」というセリフが引っかかって、イタリアはシシリア島の街パレルモに飛ぶことになります。ちょうど撮影中のモデル、ミラ・ジョヴォヴィッチ(本人が妊娠八ヶ月の体形で出演します)をこの街で撮ろうということになる次第。ストーリーはこの撮影が終って、ひとりこの街にフィンが残ったところから展開を見せるのです。

 舞台となるパレルモという街は、かつてはイスラムに支配されたり、ヴァイキングやフランスやスペインに統治されたりした歴史を持つため種々の文化が融合した魅惑的なトポスです。フィンはそこで壁画の修復を仕事とするフラヴィアという美女と出遭うわけですが、フィンは「死」の観念にとりつかれていて、街のなかで突然に矢に襲われる、という妄想体験を重ねます。(これが原題のSHOOTINGというわけでしょう。もちろん写真撮影の意味もかけますが。)この矢を放つ「死の天使」の役が、あの「アメリカの友人」以来ですよ、いくつものカルト映画でお馴染みの怪優デニス・ホッパー。いやあなかなかの豪華メンバーです。それにヴェンダースとは親しいロックミュージシャンのルー・リードがほんのちょっとですが出現します。そして全篇を通じて、個性派のロック音楽がBGMとなって流れます。そのラインナップのなかには、ポーティスヘッドなども混じっていて、これはありがたい限り。音楽の好みは良かったですよ。そう、拙著『ロック天狗連』のなかでは、昔新宿のゴールデン街のバー「ジュテ」で出会ってしばしオシャベリを交わしたヴェンダース監督とはロックの趣味が合わなかった、と綴りましたが、まったく違うわけでもないようですね(笑)。まあ映画のテーマとしては、「死」と向き合う芸術家の悩み、というところでしょうが、そのウジウジ悩むところがいかにもヴェンダース。ま、全体として悪くはない一作でしたね。

 出光美術館では「長谷川等伯と狩野派」展をやっていました。NHKの知りあいから招待券を頂戴していたので、最終日の18日に足を運びました。いやあさすがに大勢の観客です。ここ数年、等伯のお宝作「松柏図屏風」を東博で鑑賞したり、狩野永徳展を観たりとか、この周辺の作は観る機会が増えています。この企画展は、ライバル関係にあって時には互いを非難中傷しあったといわれる狩野派と長谷川派の作を比較して、互いの影響関係も考察しようとしたものでしょう。今回の出展作には、国宝クラスはありませんが、牧谿や能阿弥の重要文化財の作も出ており、十分に眼の悦びを味わえました。しかし改めて水墨画というのは素晴しいですね。ちょっとトライしたくなりました(笑)。まあ小学生時代の図工の時間、クレヨン画などではかなり上手に描けたものが、水彩絵の具を使いだすと筆のコントロールが出来ず、もうデタラメになったこともありました。毛筆書道もニガテのまま。いったいどんな芋山水になるのやら、と諦めることにします。

 さてもう今日になりました。今日23日(金・祝)は駒場の近代文学館にて譚詩舎の主催する文学講演会があって、詩人の吉田文憲さんがお話します。テーマは立原道造の詩について。僕ものこのこ参上してきます。文憲さんにうかがうと、なんでも新古今集と立原詩との関連を取り上げたいよし、さあこんな和歌作品が立原にどんな影響を与えたのでしょうか。

 あぢきなくつらき嵐の声も憂し など夕暮れに待ちならひけむ    
                                          (藤原 定家    『新古今和歌集・恋三』)

 

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