ジョナス・メカス展では吉増剛造さんのトーク+『瀧口修造1958・旅する眼差し』の刊行です 日盛りの 墓かげ濃しや 吾を容(い)れ (橋本 多佳子) 今日など九月初旬の夏の残り、という一日でした。夏に戻ったかのような光を見てると、この多佳子の句が浮びます。晩夏の光が墓石に照って、濃い影を作ります。先祖の墓参に訪れてお参りをすませ、しばしこの影で憩いましょう。「吾」も齢(よわい)を重ねました。このお墓に仲間… トラックバック:0 コメント:2 2009年09月07日 文学 詩 写真 続きを読むread more
ソクーロフ監督の映画「ボヴァリー夫人」試写会+久万美術館では写真展「帰去来兮」が19日から 地と水と 人をわかちて 秋日澄む (飯田 蛇笏) 暦は九月です。まだ湿度も気温も高い毎日ですが、もうしばらくするとこの句のような秋晴れ気分も体感できるでしょうね。秋の日の澄んだ光は、地面と水と、それにそこに立つ人間のシルエットを鮮やかに画して降り注ぎます。蛇笏は甲斐の国の自然の懐のなかで暮らしたわけですが、具体的な… トラックバック:1 コメント:0 2009年09月02日 詩 映画 写真 続きを読むread more
吉野は天河大弁才天社を訪ねます+国立国際美では「やなぎみわ」展+湯川温泉「ゆかし潟」 石塊(いしくれ)の のりし鳥居や 法師蝉 (芝 不器男) まさに夏の終わりの故郷の情景を詠んだ句でしょう。夏に田舎に帰省して、昔遊んだ神社あたりを散歩していると、よく馴染んだ鳥居のうえには、たくさんの小石が積み上げられているのに気づきます。神社の森では鳴き声が「つくつく法師」と聴こえるあの法師蝉が鳴きだしました。もう… トラックバック:0 コメント:2 2009年08月30日 俳句 文学 詩 続きを読むread more
笠井叡さんダンス公演「犀」は新境地+ゴーギャン展を観ました かみなりの 好きな妓(をんな)と 端居(はしゐ)かな (高浜 虚子) 端居というのは、縁側の隅に腰掛けて、夏場に涼をとることなどをいいます。妓は芸者。この若い芸者の娘はなかなか勝気らしく、遠雷でカミナリがピカッと光っても、「あたくし、カミナリさまが好きなんです」と艶然と微笑むのでしょうね。一時は小説家を目指した虚子らしく、… トラックバック:0 コメント:7 2009年08月20日 文学 美術 コンテンポラリーダンス 続きを読むread more
「伊勢神宮と神々の美術」展に行きました+岡井隆さんの新詩集はえらく刺激的です 百日紅 ラヂオのほかに 声もなし (中村 草田男) 「百日紅」は「サルスベリ」ですが、この句での読みは「ひゃくじつこう」のほうがよいのでは。六音の字余り句としましょう。真夏の激しい光のなか、サルスベリの真っ赤な(あるいは真っ白な)花が目を射ます。そんな情景に流れてくるのはラジオの声ばかり。ひとの影はありません。実に、「… トラックバック:0 コメント:2 2009年08月14日 文学 詩 美術 続きを読むread more
オヤジ・ロックバンドCACTUSのライヴ映像+三鷹市遺跡調査会の展示室を訪問 夏痩せて 嫌ひなものは嫌ひなり (三橋 鷹女) 日本列島、今年は梅雨明けが8月までずれ込むという妙な気候ですが、やっと盛夏らしくなりました。食慾がわかず夏痩せ気味というかたもいるでしょう。しかし夏痩せに対抗して食事を勧められても「嫌いなもの」には箸をつけようとしません。そんな凛呼とした意志がこの句のモチーフでしょう。「… トラックバック:0 コメント:5 2009年08月07日 文学 ロック 遺跡文化 続きを読むread more
仙川で若林奮さんの版画展+詩人・三木露風の墓と三鷹周辺の古代遺跡群 緑陰に 三人の老婆 わらへりき (西東 三鬼) 季語の「緑陰」は、明るい初夏の日射しのなかの緑したたる木陰を言いますから、ちょっとモダンでシャレた雰囲気を醸すもの。それが現代俳句の開拓者のひとりである三鬼にかかると、ぐんと気配が変わります。三人のお婆さんも集まってなにをやってるのでしょう。それに「笑へりき」という表現がま… トラックバック:0 コメント:0 2009年07月28日 現代美術 文学 詩 続きを読むread more
オペラシティギャラリーの鴻池朋子展は圧巻!+盛岡の巨石文化と折口信夫の霊魂論 洗ひ髪 月明(げつみょう) 暁(あかつき)にまで及ぶ (橋本 多佳子) 真夏の深夜、女人が豊かな髪を洗っています。夜空にはちょうど月が明るく輝き、光を室内に注ぎいれます。その月光に酔ってしまったか、女の洗髪はなかなか終らずに、とうとう夜明けを迎えた、というのが句意ですね。夏の月の光がなにやら物狂おしいものを喚起したので… トラックバック:0 コメント:15 2009年07月18日 俳句 現代美術 文学 続きを読むread more
立原道造『盛岡ノート』の旅+ギャラリー小柳では鈴木理策写真展 黄鶲(きびたき)が去つて しばらく黄が漂ふ (加藤 楸邨) 黄鶲はヒタキ科の夏鳥。その名の通り黄色の羽毛ですが、背には黒、翼には白が混じるといいます。鳴き声も美しいよし。黄色の鳥が飛び去った後に、黄色の残像がゆらめいた、というのですね。楸邨には時にアリストテレス哲学?に近い、知覚をめぐる思念を詠んだ作もあります。知性と詩… トラックバック:0 コメント:0 2009年07月13日 文学 詩 写真 続きを読むread more
瀧口修造講演の録音を聴きました。感銘深し。+ピナ・バウシュ急逝 夕釣や 蛇のひきゆく 水脈(みお)あかり (芝 不器男) 夕暮れ時、川で釣り糸を垂れていると何かが川面を動く気配。おや、蛇がからだをくねらせて泳いでいます。蛇の泳ぎというのはそれ自体がどこかエロティックなもの。ちょうど梅雨晴れの夕方、じめっとした空気のなかに薄日が射して蛇のシルエットを翳らせました。この川は、そう、き… トラックバック:0 コメント:3 2009年07月05日 現代美術 文学 コンテンポラリーダンス 続きを読むread more
ヤン・ファーブル公演「寛容のオルギア」を観ました+松浦寿輝さん原作アニメ『川の光』、素晴しい! 水中花 咲かせしまひし 淋しさよ (久保田 万太郎) 水中花とくれば、「すべてのものは吾にむかひて/死ねといふ/わが水無月のなどかくはうつくしき」の絶唱で知られた伊東静雄の詩篇「水中花」が想起されます。実物のそれは詩篇でも歌われますが、木の切れ端を細く削って造った造花で、派手な彩色がなされていて、コップの水に漬ける… トラックバック:0 コメント:3 2009年06月30日 現代美術 文学 コンテンポラリーダンス 続きを読むread more
森岡書店での堀江敏幸さんトーク+「四季派学会」夏季大会に出席します 究極の 梅雨とおもひて 眠りけり (安東 次男) いつもは「この句が読めるか」と言わんばかりに読者を攻めるような、ひたすら難解な俳句作品を作り続けた安次(あんつぐ)さんですが、こんな梅雨の句を見つけました。一読、わかり易いかな、とノートにメモしたのですが、うーん、やっぱりナンカイですなあ(笑)。「究極」とは梅雨の雨の… トラックバック:0 コメント:0 2009年06月23日 俳句 文学 詩 続きを読むread more
仙川のTAMでは岡崎乾二郎展+毎日の夕刊に坂部さん追悼文+高松次郎『世界拡大計画』 菖蒲(しょうぶ)剪(き)つて 盗みめくなり 夕日射す (石田 波郷) 自生していた菖蒲の花を何本か切りとったのでしょう。そこに鬱陶しい雨空が晴れて夕日が差し込んだ、というのですね。斜めの光を浴びて、なにやら花泥棒になった気分、というのでしょうか。穏やかな自意識のドラマを波郷は印象の輪郭鮮やかな句に仕立てました。そう、… トラックバック:1 コメント:7 2009年06月18日 現代思想 現代美術 文学 続きを読むread more
吉増剛造さんIN名古屋・Cスクエア「光の棘」+C・ロナウドがレアル行き 蛍くさき 人の手をかぐ 夕明り (室生 犀星) 入梅して、蛍狩りのシーズンを迎えています。犀星のこの句、ちょっと小説的な情景が喚起されます。一緒に蛍狩りに来たひとは、さっきまで虫を愛でようと手の中にお尻がぼうっと光る蛍を囲っていたのでしょう。浴衣姿の女性なのでは。彼女の手を夕明かりのなかに引き寄せて、くんくんと臭いを嗅… トラックバック:0 コメント:0 2009年06月15日 現代美術 文学 詩 続きを読むread more
静岡県美の柳澤紀子展での吉増さんトーク+折口信夫の西浦「田楽の庭」+坂部恵氏と聖イグナチオ教会で 金雀枝(えにしだ)や 基督(キリスト)に抱かると思へ (石田 波郷) エニシダは初夏のころ、緑枝緑葉のなかに黄色の小さな蝶の形の花を咲かせます。その開花のさまを「基督に抱か」ると詠んだのでしょうか。句の韻律は575ではなくて、557。この僅かな乱調が効いています。波郷はご存じのように長い間結核の療養で苦しみました。波… トラックバック:1 コメント:5 2009年06月10日 現代思想 現代美術 文学 続きを読むread more
哲学者・坂部恵氏ご逝去を悼みます。 あらましを 閉ざせしのみの 夕牡丹 (中村 草田男) 夕暮れの牡丹を詠んだこの句、印象に深く残る佳い作だと思うのですが、解釈が厄介です。「あらまし」を「概略」の意味で捉えるのか、古語としての「予定・計画」の意味で解読するか、ニュアンスが違いますね。また「閉ざせしのみ」とあります。経験過去を表す助動詞「き」の連体形「… トラックバック:0 コメント:12 2009年06月04日 現代思想 文学 詩 続きを読むread more
霊性の復権? G・アガンベンの『残りの時』+フランツ・フェルディナンドの新作「トゥナイト」 牡丹(ぼうたん)を 活けておくれし 夕餉(ゆうげ)かな (杉田 久女) 牡丹の花の豪奢さがこの句では効いてますね。夕ご飯の用意をしなくてはならぬ主婦の業務?を打っちゃって、花の美しさにかまけていた、というわけです。虚子の弟子として「ホトトギス」で活躍した久女は、五十代半ばで終戦後に亡くなりますが、晩年は精神分裂症を病ん… トラックバック:0 コメント:8 2009年06月03日 現代思想 文学 ロック 続きを読むread more
川村記念美のロスコ展からコマバでのロスコ討議へ+『福井桂子全詩集』のこと 豆飯(まめめし)と いふしあはせの うすみどり (松本 邦吉) 現代詩人である松本さんの句業は、言葉の出所?に当方もよく馴染んでいるせいでしょうか、腑に落ちやすい作が多くて助かります(笑)。「豆飯という幸せ」、初夏の食卓を賑わせるメニュに豆ごはんがありますが、炊き立ての白米に混じる薄緑色の粒をお箸で口に運ぶのはまさに幸… トラックバック:0 コメント:1 2009年05月24日 現代美術 文学 詩 続きを読むread more
ベンヤミンとカッチャーリの「天使」イメージ+PGプレスが「北海道写真」総力特集号 四迷(しめい)忌や 借りて重ねし書(ふみ)少し (石田 波郷) 書斎机のうえに友人から(図書館で?)借りた本が数冊積まれています。ああ、読んでしまわないとな。ふと窓のむこうに目をやると五月の光が注いでいて、今日は5月10日、二葉亭四迷が死んだ日か、というのが句の世界ですね。二葉亭が小説家の身分を宙吊りにして新聞社の特… トラックバック:0 コメント:5 2009年05月17日 現代思想 文学 写真 続きを読むread more
阿修羅展と多和英子個展をハシゴします+大江健三郎賞の記念講演会を聴講 はるのよの そら月をえて あをきかな (久保田 万太郎) 「春の夜の空」というフレーズを575の韻律に合わせて句跨りとし、さらにひらかな表記にした点が句の大きな魅力です。満月が明るく輝く春の夜空は、そういえば、深みを帯びた蒼い色をしている、と言えるでしょう。本職は劇作家であった万太郎は人事の句を専らにしますが、この句な… トラックバック:0 コメント:0 2009年05月10日 現代思想 現代美術 文学 続きを読むread more