マルセル・デュシャンの「アンフラマンス」概念再考+酒井忠康著『若林奮 犬になった彫刻家』

 百代(はくたい)の過客(くわかく) しんがりに 猫の子も   (加藤 楸邨)  「猫の子」は晩春の季語。猫好きだった楸邨氏、たくさんの猫の句を詠みましたが、これなど含蓄深い一句です。「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」とは、かの芭蕉の「おくのほそ道」の冒頭部。よって「百代の過客」とは旅行者に擬人化された時間を言いま…
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『言葉を恃む』は竹西寛子の講演集+故如月小春と劇団綺畸

 昔日(せきじつ)の 春愁の場(には) 木々伸びて  (中村 草田男)  若き草田男が青春時代を過ごしたのは四国松山でした。旧制の松山中学と高校に通いながらその繊細な神経と鋭い感受性を、さながら嵐のなかの小船のごとくに激しく震わして「春愁」の日々を送ったことでしょう。その懐かしい学び舎に何十年ぶりかでやってきた折の作がこれです。校…
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「マティスとボナール」展は川村記念美+中西夏之新作展は松涛です

 蝶追うて 春山深く 迷ひけり    (杉田 久女)  久女は明治23年生れ。近代の女性俳人を代表するひとりです。当時の女性俳人は、夫や家との確執から表現を磨いていったケースが多いのですが、久女も然り。久女はまた師として尊敬した虚子からも「ホトトギス」同人除名という仕打ちを受けます。この句はその直後に詠まれたものゆえ「蝶」を師の虚…
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仙川界隈、満開の桜が散ります+世田谷文学館の永井荷風展、6日までです。

 天地(あめつち)を わが宿にして 桜かな    (長谷川 櫂)  句集『松島』から引きました。この句集には花の名所、吉野で詠んだ桜の句がズラリと並びます。たとえば他にも「花に明けて花に暮れゆく一間かな」(これ、吉野随一の宿「桜花壇」の一間でしょう)とか、「桜狩桜の声を聞きながら」とか、全山すべてこれ桜という、ちょっと特権的な世界…
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ピナ・バウシュ「フルムーン」を観ました+ペドロ・コスタ監督の「ストローブ=ユイレ」ドキュメンタリー

 遠山の 花に明るし うしろ窓    (小林 一茶)  江戸後期の俳人の一茶といえば、奔放で主我的なキャラという印象があります。それに加えて「目出度さも中くらゐ也おらが春」などの代表句からどこか滑稽さを身上とする作家というイメージも。しかしその人生は信州という風土のなかで血族との反目やら家庭内の不幸のために終生苦渋を味わい続けたも…
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京都は法然院墓所探訪記+南紀熊野は名所がたくさんです

 をちこちと 名乗りそめたり 桜山   (高橋 睦郎)  詩人の高橋睦郎さん、俳句や短歌もお得意です。花の句ばかりを集めた句集『花行』があって、そのなかの一句。睦郎さんこと通称ムッちゃん、「棲(すみつ)くや名のあたたかき桜山」という句もあるように、もう久しく逗子の桜山という土地に住んでいます。だからこの句、作者の家の周辺でもあちこ…
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ピナ・バウシュ「パレルモ、パレルモ」を観ました。素晴しい!

 花曇(はなぐもり) かるく一ぜん食べにけり   (久保田 万太郎)  古来「花開くとき風雨多し」と言われるように、花時には悪天候の日が多いとのこと。桜はまだ開花には到りませんが、今日など一日雨降りの悪天でした。「花曇」とはよく実感できる季語ですね。ぼおっと雲が垂れ込めて時に小雨も混じる昼どきです。あまり腹も空いていないので、…
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都写美ではジャコメッリ展と「シュルレアリスムと写真」展+萱原里砂写真展も開催中

 猫の恋 やむとき 閨(ねや)の朧(おぼろ)月     (松尾 芭蕉) 「猫の恋」はもちろん春の季語。恋の季節の猫が夜中というのに悩ましい声で先ほどまで鳴いていました。それがやんだのは恋のお相手が見つかったからでしょうか。ひとの寝静まった屋根には春の朧月が上がったところです。そんな情景を詠んだこの句、芭蕉の作というのですから元…
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王羲之の「蘭亭序」展、名筆を鑑賞します+モーチーバ・ヴィデオは面白い!

 春の夢 みてゐて 瞼ぬれにけり   (三橋 鷹女)  藤原定家の名歌「春の夜の夢の浮橋」ではありませんが、「春の夢」というのはどこかロマネスクな幻想味を帯びたものです。ふと眼を覚ますと、涙で瞼が濡れていた、というわけです。鷹女はさあどんな夢を見たのでしょう。この鷹女、他には「白露や死んで行く日も帯締めて」とか「この樹登らば鬼女と…
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モーチーバMorcheebaの「Enjoy the Ride」は名曲+ジャック・リヴェット映画特集

 春眠の この家(や)つつみし 驟雨かな   (星野 立子)  立子(たつこ)は「ホトトギス」の総帥・高浜虚子の次女。恐らく虚子の俳人としてのDNA?を最も純粋に受け継いだのが立子でしょう。俳諧の世界を結社化で家元制度にした虚子ですから、その血族に俳人は多いのですが、他の御仁に才能を見ることは出来ません。「軽く、浅く、愉快に」をモ…
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ペドロ・コスタ監督「コロッサル・ユース」の試写を観ます+詩人・安西冬衛と三富朽葉のこと

  少年を 枝にとまらせ 春待つ木    (西東 三鬼)  いわゆる新興俳句運動の雄だった西東(さいとう)三鬼は、「ホトトギス」流の諷詠俳句を否定して前衛的な「都会俳句」を牽引します。「水枕ガバリと寒い海がある」はとりわけ有名。この句も大胆な発想が光ります。「枝にとまらせ」たのは、ウグイスでもモズでもなくて「少年」。一種のアン…
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都写美での狩野志歩映像新作上映+高踏的同人詩誌「水火」の誕生です

 勇気こそ 地の塩なれや 梅真白     (中村 草田男)  わが家の近所の梅林もちらほら白や紅の花を咲かせ始めました。草田男のこの句は白梅が満開の様子を歌います。それを眺めながら、草田男のこころに浮かんだのは「勇気」というものの大切さ。「地の塩」とはキリスト教において社会の腐敗を止める健全なひとを言います。草田男は大正期に旧制松…
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熊谷守一展に行きました+「折口信夫会」ご案内+映像をめぐる7夜

 叱られて 目をつぶる猫 春隣   (久保田 万太郎) 「春隣」、季語としては冬のもの。春がもうすぐお隣まで来ている、というわけです。この句、猫好きだった万太郎らしい作ですね、猫の生態をしっかりとらえています。わが家のメス猫「はな」(三毛・8歳)はまさに叱ると「ゴメンなさいッ」というふうに目をつぶります。ところがこっちはちょっとマ…
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若林奮「VALLEYS」展+安楽寺えみ写真展+翔子、稲川方人を歌う

 酒の燗 此頃春の寒きかな    (夏目 漱石)  暦のうえでは春というのにまだまだ寒い毎日です。毎年の晩冬に誰もが感じるその季感を漱石も句に詠んだわけですが、面白いのは燗酒を出しているところ。というのは、漱石、まったくの下戸で、ビールを一杯口にしても顔が真っ赤になった、とはお弟子だった内田百閒が証言しています。それからこれは確か…
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ヤン・ファーブル演出「死の天使」を観ました+武満徹の対談集が文庫化

 水仙に とどかざる日の 暮れにけり    (加藤 楸邨)  春の到来も近くなり、日脚も少し伸びたように感じられます。しかし冬の光はやはりまだ弱いもの。ヴェランダの水仙の鉢には(句の詠まれたのは、軒下あたりに咲く水仙という情景でしょうが)とうとう日射しは届かないままに夕暮れを迎えました。そんな微妙な季節感覚を品佳く切りとった名…
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東京都写真美術館ふたつの企画展+六本木のオアシスはここ、泉屋博古館分館

 冬の日の 海に没(い)る音をきかんとす   (森 澄雄)  立春は過ぎましたが、まだ雪の日も多そうな実質「冬」が続きます。さてこの句、冬の太陽が海に沈もうとする光景を詠みます。あたりはしんと透き通るように寒気が支配して、硬い大気を伝って日没の音響が聴こえてくるかのよう。そんな情景がまさに品格ある俳味をもたらします。  恵比…
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昨日は笠井叡のソロダンスの舞台でした+サッカーのイングランド・プレミアリーグ、活況です

 雪に来て 美事(みごと)な鳥の だまり居る    (原 石鼎)  石鼎(セキテイ)は、大正時代初頭に「ホトトギス」雑詠欄の常連として名を馳せました。奈良の吉野山に隠棲した時代の作がことに有名。この句、どさりと雪の降り積もったなかに、立派な姿の鳥が飛来して木に留まった、という情景を詠みます。これもやはり吉野山中の作とみなすのが穏当…
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笠井叡振付ダンス公演「透明迷宮」を観ました+「詩と詩論」研究会

 鬼やらひ けふ横雲の ばら色に    (森 澄雄)  森澄雄は大正8年生れ。現在は日本の俳壇の最長老のひとりです。加藤楸邨門下で、流行の言葉を使えば、たいへん高い品格の句風で知られます。さて、あさってが節分で豆まきday。豆まき、「福は内、鬼は外」ですから「鬼やらひ」とも言います。節分が過ぎると春も近くなります。この日の夕暮れ時…
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多和圭三新作展+映画「インファナル・アフェア」を観ました+『現代詩大事典』誕生

 冬ふかむ 父情の深みゆくごとく   (飯田 龍太)  冬がしんしんと寒さを募らせて世界を真冬のものにします。その季節の移り行きの実感を父親の愛情が深まり行くようだ、と謳うのです。これは実に味わいの深い句。確かに父親の情愛というのは厳寒のような厳しさとともにかつてはあった、のでしょう。当今の父性愛?はだいぶ変わったようですが。ちな…
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ペドロ・コスタ監督「ヴァンダの部屋」に圧倒されました+写真家・田村尚子の「ソローニュの森」

 初雪や 水仙の葉の 撓(たわ)むまで    (松尾 芭蕉)  今日は東京に初雪が舞いました。数センチの積雪がいまも残ります。そこで初雪の句を。するとこの句が眼に留まりました。細かな写生句ですね。作者は?と見ると、これが意外にも芭蕉サンです。元禄の頃の感受性が近代的で繊細な描写を可能にしたのはやっぱり575の俳句形式によるので…
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