テーマ:現代思想

久万美術館の「大正・戦前 愛媛の洋画家」展、OPに出席しました+ロラン・バルト殺人事件?が主題の翻訳小説、読んでい…

 こほろぎが 生きをるこゑを よびかはす    (橋本 多佳子)  昼間は残暑が残りますが、夜となると秋到来を実感します。コオロギの鳴き声などまさに「秋の風物詩」です。小動物の生命に対する多佳子の共感、「生きをるこゑ」というところに出ていますね。佳い句。  長年のこのブログの読者にはもうお馴染みです、毎年この時期…
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「空想美術館」、今回はピエール・クロソウスキーの妖しいドローイングを+劇作家・高橋丈雄氏のこと+烏山の屋敷林にどうぞ

 紅さして 細かなものに 春の塵    (高橋 睦郎)    春の季節感を濃密にはらんだ句を探してみました。これはいい句です。詩人の睦郎さん、年少のころから俳句や短歌にも手を染めていたよし。これを収める『稽古飲食(おんじき)』は、前半は句集の「稽古」、後半は歌集の「飲食」の二部から成った変則的な一冊ですが、1987年度の読売文学…
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パイク没後10年展、行きました+森馨人形展+井筒俊彦全集完結記念シンポ

 鍬立てて 白露(はくろ)をはかる 夜来(よごろ)かな    (安東 次男)  二十四節気では今は秋分ですから、もうひとつ前に戻ります、9月4日ころが「白露」でした。白露とは、「陰気やうやう重りて、露にごりて白色となれば也」と説かれるように、初秋となり露が出来始めるころをいうのですね。今年の九月は雨続きでしたが、やっと晴れ間が戻っ…
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ジョセフ・クーデルカ展、見応えあり+立教大学では国際シンポ「知覚のプラトー」

 行年(ゆくとし)や 破障子の さんの塵(ちり)   (永井 荷風)  大掃除をする長屋の風情を詠みましたか。こんなところに荷風の江戸趣味がうかがえます。引いたのは岩波文庫の『荷風俳句集』から。昨年亡くなった、現代俳人の加藤郁乎(いくや)さんが編集してますね。芭蕉の弟子の其角に傾倒していた郁乎さん、解説でも荷風の其角好きに触れてい…
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若松英輔『神秘の夜の旅』は「霊性」の臨在を啓示+鈴木雅雄・林道郎『シュルレアリスム美術を…』刊行

 したたかに 閼伽(あか)たてまつる 残暑かな   (西島 麦南)  閼伽は仏様に供える水のこと。このキビシイ残暑ではさぞや仏様も辛いでしょう、というので、容器いっぱいに水を入れてお供えしたわけですね。初句の「したたかに」が決まっています。麦南は飯田蛇笏の高弟だけあって、格調の高い句を作ります。また岩波書店では「校正の神様」と…
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和歌山近美では恩地孝四郎・藤森静雄展+若松英輔『井筒俊彦・叡知の哲学』は知的な刺激満載です

   ちりぢりと 向日葵(ひまわり)枯るる 残暑かな   (芥川 龍之介)  夏の暑さというのは、いわゆる残暑となった頃が一番のピークでしょう。この句はそれをズバリと言い当ててます。ヒマワリの花がまるで燃え尽きたかのように枯れています。今日も猛暑日、やりきれないなあ、という情景です。  さて、残暑のなかを10日間ほど郷…
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久万美術館では吉田淳治「絵画のwaltz」展+山口裕之訳のベンヤミンは抜群に明解

 愕然として 昼寝さめたる 一人かな    (河東 碧梧桐)  自由律俳句を主唱して虚子のライバルだった碧梧桐ですが、この句では初句が7音。だから775という音数で構成されます。ふーん、この775、面白いかもしれません。真夏の昼下がり、むっとする空気のなかで昼寝から醒めたとき瞬間的に感じた喩えようのない孤独感、それを見事に表現して…
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佐々木中『夜戦と永遠』、勉強中です+追悼・中村とうようさん

 夕立が 洗つていつた 茄子をもぐ   (種田 山頭火)  自由律俳句の山頭火ですが、この句は575、しっかりと音数律が生きています。夕立がざあっと通り過ぎた後に、茄子の艶やかな紺色がいかにも美味しそうです。畠からひとつを失敬して、今夜の惣菜にしましょう。田舎では野菜のひとつやふたつなら畠からいただいてもOKなのです。  1…
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多木浩二さんの訃報に接します+「アイデア」誌は羽良多平吉さん特集

 花疲れ おいてきぼりにされにけり   (久保田 万太郎)  「花疲れ」とは花見をして疲れること。なんとなくその気分、この言葉からよく伝わります。東京の桜はもうほとんど散ってしまったでしょうか。いまは大震災の被災地の東北あたりの桜が満開のよう。古歌にあるように、「今年ばかりは墨染めに咲け」と桜に呼びかけたい、と思うひともいるで…
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エスポジト氏講演「装置としてのペルソナ」+ロックギタリストのゲイリー・ムーア、追悼です

 あえかなる 薔薇撰(え)りをれば 春の雷(らい)    (石田 波郷)  波郷の実質的なデビュー句集『鶴の眼』(昭14)の巻頭から三句めの作。「銀座千疋屋」の詞書があります。松山から上京して都会で暮らす波郷のモダンなものへの繊細な感受性が生きた一句でしょう。春雷を詠んだ傑作です。  さて、9日の午後4時からは東大の駒場…
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横浜ダンスコレクションEX、覗きました+スウェーデンボリとカント『視霊者の夢』

 内のチヨマが隣のタマを待つ夜かな   (正岡 子規)  この句の季題は「恋猫」。ウチで飼ってる♀のチヨマちゃん、お隣で飼われる♂のタマがやって来るのを待ってるようだね、というわけです。子規の関心は広くて、森羅万象ことごとく俳句にしてやろう、の気合でした。猫が恋する季節、さあ春は遠くありません。  二月の横浜は、かねてか…
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ブリヂストン美術館訪問+前田英樹氏の保田與重郎論に注目です

 町空の くらき氷雨(ひさめ)や 白魚(しらお)売   (芝 不器男)  冬のどんよりした空から氷雨が走ります。白魚を行商する男が売り声をあげながら通りすがりますが、その情景はいかにも寒々としています。でもこれもこの国の冬の詩情をかきたてるもの。おそらくこの句、不器男の仙台時代の作ではないでしょうか。舞台は北国です。  …
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南方熊楠顕彰館を訪問+洛北に蓮月尼足跡探訪、そして鷹ヶ峰

 猫と居る 庭あたたかし 賀客来る   (松本 たかし)  ぽかぽかと良い陽ざしのお正月風景ですね。庭に面した座敷に寛いで猫を膝に届いた年賀状など眺めていると、年賀のお客さんがやってきたというわけです。こんなのどかな一年の始まりはきっと福もたくさんでしょう(笑)。あやかりたいもの。たかしは、宝生流の能役者の家に生れたのですが、病弱…
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明星研究会では「文学者の大逆事件」講演&シンポ+加納光於展オープニング

 古暦(ふるごよみ) 水はくらきを 流れけり   (久保田 万太郎)  年の瀬、今年のカレンダーも「古く」なりました。古暦のかかった部屋から見える流れは恐らくは隅田川でしょう。冬の夕暮れ、日の翳った川面を見つめる万太郎の孤心というものが静かに詠まれていますね。佳句です。  師走の5日(日)、お茶の水にある文化学院の講堂で、明…
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ジル・ドゥルーズ『シネマ』1・2、勉強してますが…+三島由紀夫『三熊野詣』、まさに折口がモデル

 さみし身に ピアノ鳴り出よ 秋の暮   (杉田 久女)  秋は愁い顔の似合う季節。夕暮れ時ひとりポツネンと居間に身を置いているとなんだかさみしくなって、どこかからピアノの音色でも聴こえてこないかな、なんていう気分になった、という句意ですね。この気持ち、女性らしさを感じます。  さても大学の秋学期もスタートしてなにやら気…
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世田谷文学館では加藤周一ウィーク+NHK大河ドラマ「龍馬伝」は最終節に

 黒きまで 紫深き 葡萄かな    (正岡 子規)  子規の時代の葡萄ですから、巨峰やピオーネじゃなくて粒の小さなほうだったでしょうか。しかし葡萄の実の紫色の深さを「黒きまで」と観察したのは画人でもあった子規の眼です。たいしたもの。さても東京、やっと猛暑が去って、葡萄のおいしい秋の季節を迎えました。  芦花公園駅から徒歩…
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三菱一号館で「マネとモダンパリ」展+シンポ「坂部恵の銀河系」聴講しました

 緑陰や うすばかげろふ 漣(なみ)を追ふ    (飯田 蛇笏)  猛暑にこの句を読むとどこか涼気を感じます。こんもり茂った樹木の緑が陰をつくる池の水面、そこにやわらかい微風が吹いて漣(さざなみ)がたち、それをトンボの親戚のウスバカゲロウが追うという情景。重厚な句作りで知られる蛇笏ですが、こんな可憐な句も残します。俳人が暮らし…
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勅使川原三郎ダンス「オブセッション」は新境地!+市村弘正編の『藤田省三コレクション』刊行

 薄暮、微雨(びう)、而(しこう)して薔薇しろきかな  (久保田 万太郎)  初夏のこの季節独特の湿った大気の触感と、夕ぐれの淡い光のなかの白い薔薇の影像が美しい一句です。また薄暮の「ぼ」、微雨の「び」、薔薇の「ば」と、ば行の音韻の連なりが低く響きあっていますね。俳句定型17音を用いたモダンな幻術は、まさに万太郎の独壇場でした…
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モレキュラー、今回はメイエルホリドに挑戦+素浄瑠璃、人間国宝駒之助さん体験

 奥津城(おくつき)に だれかれのこと 日永(ひなが)かな   (飴山 実)  詞書に、「三間町太宰家は化政の遺構なり 祖父(ぢぢ)が山に不器男の墓を見舞ふ」とあります。愛媛県三間町の太宰氏は江戸時代から続く旧家で俳人の芝不器男が婿養子に入った家。早世した不器男の墓はこの太宰家からちょっと離れた小高い山の墓地にあります。詳細な…
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ワタリウムではジョン・ルーリー絵画展+MOTでの岡崎乾二郎・林道郎・光田由里講演とシンポジウム

 春の星 奏でる如く 電線に     (星野 立子)  空気も温(ぬる)んだ春の夜に空を見ると、電線のうえに星が出ています。まるで五線譜の音符のよう、というので「奏でる如く」と来るのでしょうが、春の星の潤んだ光を見つめていると、静かで美しいメロディーが聴こえてくる、というメタファーでもあるでしょう。立子は高浜虚子の次女でした。…
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小村雪岱展、収穫でした+仙川ではボサノバと新内のコラボ!+E・ゴイレン著『アガンベン入門』

 われとわがつぶやきさむき 二月かな   (久保田 万太郎)  寒いのは「われ」の体と「わがつぶやき」ですね。つぶやきが寒い、というのは自嘲の意味でしょう。万太郎、劇作家・演出家で戦前のNHKの演芸課長としても活躍し、歌舞伎界や芸能界にも幅広い人脈があって華やかな交際ぶりという印象ですが、いっぽうで自らの孤独をしっかり見つめる繊細…
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仙川のTAMでは岡崎乾二郎展+毎日の夕刊に坂部さん追悼文+高松次郎『世界拡大計画』

 菖蒲(しょうぶ)剪(き)つて 盗みめくなり 夕日射す    (石田 波郷)  自生していた菖蒲の花を何本か切りとったのでしょう。そこに鬱陶しい雨空が晴れて夕日が差し込んだ、というのですね。斜めの光を浴びて、なにやら花泥棒になった気分、というのでしょうか。穏やかな自意識のドラマを波郷は印象の輪郭鮮やかな句に仕立てました。そう、…
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静岡県美の柳澤紀子展での吉増さんトーク+折口信夫の西浦「田楽の庭」+坂部恵氏と聖イグナチオ教会で

 金雀枝(えにしだ)や 基督(キリスト)に抱かると思へ    (石田 波郷)  エニシダは初夏のころ、緑枝緑葉のなかに黄色の小さな蝶の形の花を咲かせます。その開花のさまを「基督に抱か」ると詠んだのでしょうか。句の韻律は575ではなくて、557。この僅かな乱調が効いています。波郷はご存じのように長い間結核の療養で苦しみました。波…
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哲学者・坂部恵氏ご逝去を悼みます。

 あらましを 閉ざせしのみの 夕牡丹     (中村 草田男)  夕暮れの牡丹を詠んだこの句、印象に深く残る佳い作だと思うのですが、解釈が厄介です。「あらまし」を「概略」の意味で捉えるのか、古語としての「予定・計画」の意味で解読するか、ニュアンスが違いますね。また「閉ざせしのみ」とあります。経験過去を表す助動詞「き」の連体形「…
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霊性の復権? G・アガンベンの『残りの時』+フランツ・フェルディナンドの新作「トゥナイト」

 牡丹(ぼうたん)を 活けておくれし 夕餉(ゆうげ)かな   (杉田 久女)  牡丹の花の豪奢さがこの句では効いてますね。夕ご飯の用意をしなくてはならぬ主婦の業務?を打っちゃって、花の美しさにかまけていた、というわけです。虚子の弟子として「ホトトギス」で活躍した久女は、五十代半ばで終戦後に亡くなりますが、晩年は精神分裂症を病ん…
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ベンヤミンとカッチャーリの「天使」イメージ+PGプレスが「北海道写真」総力特集号

 四迷(しめい)忌や 借りて重ねし書(ふみ)少し    (石田 波郷)  書斎机のうえに友人から(図書館で?)借りた本が数冊積まれています。ああ、読んでしまわないとな。ふと窓のむこうに目をやると五月の光が注いでいて、今日は5月10日、二葉亭四迷が死んだ日か、というのが句の世界ですね。二葉亭が小説家の身分を宙吊りにして新聞社の特…
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阿修羅展と多和英子個展をハシゴします+大江健三郎賞の記念講演会を聴講

 はるのよの そら月をえて あをきかな    (久保田 万太郎) 「春の夜の空」というフレーズを575の韻律に合わせて句跨りとし、さらにひらかな表記にした点が句の大きな魅力です。満月が明るく輝く春の夜空は、そういえば、深みを帯びた蒼い色をしている、と言えるでしょう。本職は劇作家であった万太郎は人事の句を専らにしますが、この句な…
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GWには多摩丘陵を散策+折口信夫とクロソウスキーのプネウマ論的想像力

 軒燕(のきつばめ) 古書売りし日は海へ行く     (寺山 修司)  初夏となり、軒に燕が巣を営む季節となりました。今日は古本屋で蔵書を売って小遣いもゲット。いつもならそのお金で新刊書かレコードを買うところを、気持ちのいい気候です、心は海へと向かいます。高校時代の寺山修司は、短歌作りの前に俳句に手を染めて、こんな青春句を作ってい…
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仙川のTAMで現代芸術論トークセッション+思想家ジョルジョ・アガンベンのこと

 われを視る 眼の水色に 今年猫    (飯田 龍太) 「今年猫」はどの季節をあらわすか、歳時記を引くのですが、索引にありません。ただ「今年酒」が新酒の出来る秋の季語ですから、今年生れたばかりの、というので春の季語でしょう。街を歩いていても仔猫の姿をちらほら見かけるようになってます。この仔猫、眸の色がライトブルー。ちょっと洋猫の血…
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瀧口修造『M・デュシャン語録』のこと+ベルナール・フォコン最新情報?

 かもめ来(こ)よ 天金の書を ひらくたび   (三橋 敏雄)  三橋さんは、生涯の多くの時間を船員として海で暮らしました。海に取材した句が個性的なのも当然。船乗りの暮らしは悠長に?オカでの句会になぞ参加するのを許しません。それも関係して、彼はどの結社にも属さず、また季語にも拘泥せず、いわば自立した一個の作品として俳句作りに向…
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