テーマ:ロック

エスポジト氏講演「装置としてのペルソナ」+ロックギタリストのゲイリー・ムーア、追悼です

 あえかなる 薔薇撰(え)りをれば 春の雷(らい)    (石田 波郷)  波郷の実質的なデビュー句集『鶴の眼』(昭14)の巻頭から三句めの作。「銀座千疋屋」の詞書があります。松山から上京して都会で暮らす波郷のモダンなものへの繊細な感受性が生きた一句でしょう。春雷を詠んだ傑作です。  さて、9日の午後4時からは東大の駒場…
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ボア+クラウスの美術論『アンフォルム』はバタイユを霊感源に+『ロック天狗連』、今しばらくの猶予を

 裏山の竹伐る音や 春寒し   (芥川 龍之介)  立春が過ぎてからが寒気がMAX、というのは毎年のことでしょう。今日もしんしん底冷えがするくらい。冴えきった空気を通して竹を伐採する音が聴こえる、というこの芥川の句、地味ですがなかなか佳いですね。芥川が小説作品のなかでは到達できなかったワビサビの境地、俳句形式を使えばやすやすと…
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渋谷のGアンドウで岡崎和郎展+長友、インテル電撃移籍です+再結成クリームの超絶技巧

 一夜寝て 大根うまき おでんかな     (長谷川 櫂)  おでんの季節到来中です。前日の夕食に食べたおでん、残った大根を翌日に温めて味わうと、旨味が大根に沁みていて「うん、うまい」、というわけです。これは句集『初雁」のなかの2002年の作。ほほう、櫂さん、もうすでにこの当時から、芭蕉七部集でいう「炭俵」ふうの、卑俗なものの…
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根津美術館では墨宝展+ベンヤミン・シュミットのバッハ・バイオリンソナタ+B・フェリー「オリンピア」

 なまじよき 日当りえたる 寒さかな   (久保田 万太郎)  冬の座敷に気持ちの良い陽射しが差し込んで、見た目には温暖そうな情景が眼前にあります。しかし実際の温度はすこぶる低くて、ぶるぶるっと来そうなくらい。真冬にはこんな日もあるでしょう。万太郎、そのあたりの機微を「なまじ」という副詞で表わしますね。ナマジッカ陽射しがあるだ…
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ロックヴォーカリスト・ジェス・ローデン、お知りおきを+岡井隆さんの『けさのことば』

 大歳(おほとし)の 昼湯にいのち ありにけり    (日野 草城)  大歳は大晦日をいいます。なにかと慌しかった歳末の雑用もやっと終えました。さあ正月を迎える準備は整った、というので昼から風呂を沸かしてゆったり浸かっているわけですね。「いのちありにけり」、翻訳すれば「あー極楽、極楽」とでもいうところでしょうか。  さても今…
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NHKでは「伝説のロックギタリスト」放送+短歌研究賞受賞式に出ました

   忌日ある 九月に入りぬ 蝶燕    (橋本 多佳子)  誰か身近なひとが九月に亡くなっているのですね、秋のお彼岸も近いです。秋を迎えて、残された命僅かな蝶が飛んでいます、南に帰る日も近づいた燕も飛んでいます。まあこんな句意でしょうか。今年は秋の彼岸、といわれてもまるでピンと来ないような残暑。いつになったら夏は終るでしょうか…
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「ロックとはなにか」、キング・クリムゾン他の回想+P・ヴァレリー新詩集『コロナ/コロニラ』

 一匹の蟻ゐて蟻がどこにも居る     (三橋 鷹女)  これぞ鷹女!、というような、現存在の開かれを言語を通じて実現させたごとき怪句でしょう。炎天下、地上を這い回る一匹の蟻を凝視する作者の眼には、遍在する蟻の姿が見えていたのでしょう。鷹女の俳句はどこやら70年代ころの現代詩の言語感覚にもつながりますね。『耕衣百句』を編んだ詩…
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稲川方人、山崎広太らとの詩とダンスのイベントご案内+ジェフ・べックの新譜を聴きます

 ふはふはの ふくろふの子の ふかれをり    (小澤 實)  俳人の小澤氏、現在では読売新聞で俳句欄の選者を務め、俳句結社「澤」を主宰して活躍中ですが、この句は二十代の作で第一句集『砧』に収めるもの。俳人から頂戴した『砧』の表紙裏にこの句が染筆されていたのに気づきました。生れたばかりのフクロウの子どもが春風に吹かれている、そんな…
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諏訪敦彦監督「ユキとニナ」は詩情を感じた映画です+マッシヴ・アタックの新譜は期待を裏切らず

 かんかんと 炭割る顔の 緊(しま)りをり    (石田 波郷)  一般市民?には馴染みがなくなりましたが、炭というものには硬質の物質感覚がみなぎっています。上質の備長炭など、折るとポキン乾いた音をたてるほど。この句でも「かんかんと」というオノマトペが効いていますね。昔、NHKのディレクター時代、愛媛県の小田町の山のなかで炭焼…
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横浜美では束芋展+横須賀美では白髪一雄展+クィーン+P・ロジャース公演

 雪の日や 火燵(こたつ)をすべる 土佐日記   (夏目 漱石)  雪がしんしんと降る日には掘りごたつに暖まっての読書です。漱石先生、この日の読書は紀貫之の「土佐日記」でしたか。漱石と「土佐日記」とではちょっとミスマッチ感があります(笑)。案の定すぐに退屈して暖かい火燵で居眠りを始めたようです、「火燵をすべる」とは漱石の手にした書…
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『天使とボナヴェントゥラ』を読書中+ロックバンド・コロシアムの2003年ライヴ映像+原研哉氏の『白』

 をそい月が 町からしめ出されてゐる    (尾崎 放哉)  秋の夜もすっかり更けました。やっと空に上った月ですが、町はみんな眠りについたようで鑑賞してくれるひとがいません。そんな情景を詠んだのでしょう。町から疎外されたような月の光は、「永遠の拗ね者」放哉そのひとの象徴でもあるでしょうか。放哉の自由律俳句、まさに俳句定型の束縛から…
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都写美では北島敬三展トーク+J・ブルース&R・トロワーのライヴ盤を聴きました

 萩幽(くら)し わたしの好きな季節となる    (鈴木 しづ子)  萩は古くから詩歌に歌われた秋の花。雅びなイメージがあります。それをただ「幽し」と表した詠みぶりはごく純朴ですが、この作者のしづ子は、なかなかドラマティックな人生を送ったようです。1919年生れ、俳壇の大長老・金子兜太さんと同年の生まれですが、さて現在の消息は…
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オヤジ・ロックバンドCACTUSのライヴ映像+三鷹市遺跡調査会の展示室を訪問

 夏痩せて 嫌ひなものは嫌ひなり     (三橋 鷹女)  日本列島、今年は梅雨明けが8月までずれ込むという妙な気候ですが、やっと盛夏らしくなりました。食慾がわかず夏痩せ気味というかたもいるでしょう。しかし夏痩せに対抗して食事を勧められても「嫌いなもの」には箸をつけようとしません。そんな凛呼とした意志がこの句のモチーフでしょう。「…
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霊性の復権? G・アガンベンの『残りの時』+フランツ・フェルディナンドの新作「トゥナイト」

 牡丹(ぼうたん)を 活けておくれし 夕餉(ゆうげ)かな   (杉田 久女)  牡丹の花の豪奢さがこの句では効いてますね。夕ご飯の用意をしなくてはならぬ主婦の業務?を打っちゃって、花の美しさにかまけていた、というわけです。虚子の弟子として「ホトトギス」で活躍した久女は、五十代半ばで終戦後に亡くなりますが、晩年は精神分裂症を病ん…
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瀧口修造の「自筆年譜」について+ブラインド・フェイスのライヴ映像を見ました

 暖かや 蕊(しべ)に蝋(らふ)塗る 造り花    (芥川 龍之介)  季語は「暖か」で、春の快い温度をいうそうです。芥川の俳句における奇想ぶりについては以前にも何度か言及しました。この作も、蝋細工の造花というのでなんとなくキッチュなイメージでしょうが、しかしそんな造花を眺めても、この春の初めの季節は、なんだか花の精気を感じること…
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岡井隆氏歌集『ネフスキイ』合評会は充実した時間でした+ジェネシス初期のCD

 女学校 冬晒(ふゆざれ) 落書(らくがき) 「I like him」   (中村 草田男)  草田男の第五句集『銀河依然』(昭和28年)のなかに、この句を見つけ、思わずクスッと笑いました。「冬ざれ」とは冬に風物が荒れて物寂しいさまを言いますが、訪ねた女学校の荒涼とした塀にこんな英文の落書きを見つけた、というのですね。習ったば…
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加藤周一氏、逝去の報+デヴィッド・バーン&ブライアン・イーノの新譜を聴きます

 極月(ごくげつ)の 水もらひけり 鋏研(はさみとぎ)    (安東 次男)  12月の暦となりました。「極月」とはこの12月を言います。さても流火草堂こと安次(あんつぐ)センセイのこの句、いかにも「いばりの安次」らしい?イカメシイ風情を備えています。たかが錆びたハサミを研ぐので水をもらった、というだけの話を、なにをカッコつけ…
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大江健三郎の短篇「もうひとりの和泉式部が生れた日」+YES結成35周年LIVE!

 水にまだ あをぞらのこる しぐれかな  (久保田 万太郎)  時雨は冬の初めにさっと降っては止む雨のこと。ちょうどいまの時期独特の「季節の情緒」を喚起する伝統的なことばですが、近年はあまり時雨らしい時雨?に逢っていない感じがします。さてこの句、万太郎らしいひらがな表記の効果をたくみに生かしたものですが、どういう情景でしょうか。時…
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折口信夫会での富岡多恵子さん講演+カーヴド・エアの1990年ライヴ盤

 王陵に 牛を放つや 秋の雲      (三好 達治)  詩人三好達治は晩年、親友の作家・石川淳に向って、「俺は俳人になったら良かったかな」とふともらしたそうです。夷斎先生(石川淳の雅号)、真意を測りかねたようですが、三好達治が詩人でなかったなら昭和の時代の抒情詩はうんと寂しいものだったでしょう。ともあれ達治のこの句、けっこうお気…
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三好達治のエクリチュール+サッカーEURO2008がはじまりました+S・ウィンウッドの新譜

 緑陰にありて 一歩も出(い)でずをり    (高浜 虚子)  詞書に「(昭和30年)6月7日、大崎会、英勝寺」とあります。大崎のお寺で開かれた「ホトトギス」の句会で詠まれたもの。ちょうど今の季節の作物です。老虚子、初夏の日射しを避けて境内の大樹の陰で憩うた、というただそれだけの句境です。「虚子の発句、どうもこれは白湯を飲むよ…
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ポーティスヘッド新譜「サード」+堀江敏幸『河岸忘日抄』が文庫化+サッカーCL決勝はマンU対チェルシー

 行春や ゆるむ鼻緒の 日和下駄     (永井 荷風)  永井荷風にとって売文のための戯作をなすこと、つまり小説を書くこととは別に、随筆執筆と日記(『断腸亭日乗』)執筆は、いわば精神の自由な運動としてのエクリチュールを実践する内的必然性を伴う行為だったでしょう。俳句作りもそれと同様の働きなのでは。一句自体はさほど負荷のかかっ…
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モーチーバMorcheebaの「Enjoy the Ride」は名曲+ジャック・リヴェット映画特集

 春眠の この家(や)つつみし 驟雨かな   (星野 立子)  立子(たつこ)は「ホトトギス」の総帥・高浜虚子の次女。恐らく虚子の俳人としてのDNA?を最も純粋に受け継いだのが立子でしょう。俳諧の世界を結社化で家元制度にした虚子ですから、その血族に俳人は多いのですが、他の御仁に才能を見ることは出来ません。「軽く、浅く、愉快に」をモ…
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8月のNHKは反戦チャンネルです+トヨタISTのCM音楽はK・クリムゾン「イージーマネー」

 百日紅(さるすべり) ごくごく水を呑むばかり   (石田 波郷)  連日の酷暑です。日中は冷房をかけていても脳味噌が緩くなってきます。そんな時思い出すのは波郷のこの句。俳人本人による明快な注釈を引きましょう。「盛夏、人も犬も鼠も暑熱にあえぎ渇するころ、とびつくやうに水をとつて咽喉あらあらしくごくごくと水を呑む折、ふと眼中にう…
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映画「グラストンベリー」試写会+堀江敏幸氏の新刊

 かたつむり 夕べは重き山の雲       (坂内 文應)  入梅の頃のじめっと湿った夕暮れの情景です。かたつむりはどこにいるのでしょう。それはきっとお寺の庭木あたりでは。雨雲のかかる山のシルエットが寺の土塀の向こうに見えていて。というのも作者の坂内文應(ふみお)さん、新潟県は加茂市にある古刹・双璧寺のご住職。長谷川櫂氏の高弟…
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教材としての?吉増剛造+ジョニ・ミッチェル讃のCDを求めます。

 万緑を 顧(かえり)みるべし 山毛欅(ぶな)峠    (石田 波郷)  気がつけば初夏という昨今です。万緑は例の「吾子の歯生えそむる」という草田男の句で俄然有力な初夏の季語になりました。この波郷の句も、親友かつライバルだった草田男に劣らぬ、万緑を詠んだ近代俳句の名作です。昭和18年5月、30歳の時に職場のハイキングで奥武蔵に…
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立春の昨日、横浜でナチョ・ドゥアト振付のダンスを観ました。

 だれかどこかで何かささやけり 春隣   (久保田 万太郎)  もう立春も過ぎてしまって「春隣」もないだろう、とは思いますが、「六日のあやめ、十日の菊」、暦にとらわれないのもたまに良いでしょう。この句、明らかに西脇順三郎詩集『Ambarvalia』の巻頭作「天気」の本歌取りです。「(覆された宝石)のやうな朝/何人か戸口にて誰か…
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