林浩平の《饒舌三昧》

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help リーダーに追加 RSS 吉増さんご母堂悦さんの本『ふっさっ子剛造』誕生+建築のシュルレアリスト・キースラー

<<   作成日時 : 2007/10/16 22:46   >>

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 川蟹の しろきむくろや 秋磧(あきがわら)   (芝 不器男)

 これは四国は愛媛県の南予地方を流れる広見川の河原が舞台です。この川の流れる盆地の村・松丸に不器男は暮します。秋の一日、久しぶりに河原に下りてみました。蟹の亡骸はすっかり白くなって夏は遠ざかったことを実感させます。この白さ、河原を吹く秋風の冷たさも暗示するようです。

 昨日、吉増剛造さんから冊子小包が届きました。開けると本が一冊。題して『ふっさっ子剛造』。著者は吉増悦(えつ)さん。今年86歳を迎える悦さんは、詩人の吉増さんのお母様です。総頁数88の薄い本ですが、頁をめくると、吉増さんの幼い頃の記念写真やら、悦さんご本人のお若い頃の綺麗な肖像写真やら、かつて住んだ家の間取りを描いた悦さんの絵など興味深い図像がたくさんです。特に、これは二歳か三歳かなあ、日本橋の高島屋で撮った連続写真の4枚の「剛造坊や」、クルッとした瞳と林檎のような頬っぺたがチョー可愛い!です(笑)。そんな赤ちゃん時代から、少年のころ、大学生になって下宿生活を始めたころ、また就職問題やらマリリアさんとの結婚式の話まで、福生の街で育った長男・剛造氏にまつわる様々な思い出を綴ったのがこの一冊です。色んなエピソードや秘話も紹介されて、吉増さんファンなら必携でしょう。

 悦さんが詳しく回想されるのは、戦争中に疎開した和歌山市郊外の父上の実家での日々です。紀ノ川にもほど近い永穂(なんごう)という集落、実は偶然にも、僕の親戚の家がその近くの八軒家という地区にあるので、馴染みを感じて空間的想像力がとても刺戟されます。吉増さんご自身も、ほんの半年ほどの滞在でしたが和歌山時代は特権化されているようで、よくエッセイや詩にも書かれました。それから慶應ボーイ時代はなかなかの遊び人だったという告白(笑)は、昨年に雑誌「國文學」の特集号で僕が「年譜」を作成した際のインタビューでもうかがいましたが、ここでは下宿から失踪した息子を捜して、渋谷宇田川町でバーテンをしていたという酒場まで父上と一緒に訪ねてゆかれた思い出が語られます。そうそう、水商売が好きでバーテンダーの専門学校に入って勉強しようと思った、とは僕もご本人からうかがっています。なんとなく黒服に蝶ネクタイが似合いそうですよね(笑)。

 その他にも、吉増さんの文中に時々現れる雲雀(ひばり)民雄さんというかたが陶芸家で、吉増家といわば家族同然の付き合いだったことなどにも触れられます。雲雀さんを介して、「縄文」の「火」と「土」が剛造さんにも影響を与えている、とはお母様のなかなか鋭い推察です。そもそもこうした出会いも、悦さんもそのお母様も華道と茶道の師範を長く務めておられてたところに関係するでしょう。うん、吉増剛造における華道と茶道の影響、というのは実際言えるかもしれませんよ。あの舞台に正坐してのパフォーマンスというのもお茶のお手前とか花を活ける動作に酷似しますから。そんなわけで、魅力満載のこの本、一冊が1200円というお手ごろ価格。版元は横浜の矢立出版です。大きな書店ならもう店頭に並んでいるかもしれません。

 吉増さん関連のPRということでもうひとつ。おっと、これはもう明日17日(水)にイベント本番を迎えてしまいますが、武蔵野美術大学の1号館103教室にて18時より吉増剛造さんの特別講演「映画、光の棘」が行なわれます。近年吉増さんが精力的に撮られているGOZO・CINEというヴィデオ作品シリーズの上映もあるはずです。このシリーズ、まだご覧になってないかたは必見です。入場無料ですから奮ってご参加ください。僕も夕方には、まだ訪ねたことのないムサビに初めてうかがいます。

 今日の話題のもうひとつ。先日ダダ・シュルレアリスム研究会の研究発表のお知らせをここでもしましたが、13日に早稲田の法学部でその会がありました。ここで早稲田の修士の渡邉麻衣さんが、「フレデリック・キースラーにおける現代性」という報告をしましたが、これが非常に面白かったです。無学にもキースラーというアメリカの建築家についてはたんに名前を知るだけでした。今回の渡邉さんの発表でその芸術理念の概要を学ぶこととなります。最初は1910年代の構成主義や20年代のデ・スティールなどの影響下に建築を思考していたキースラーは、40年ころNYに渡ったフランスのシュルレアリストらからの影響で「魔術的建築」という概念に到達します。そして1947年にパリであった「国際シュルレアリスム展」では「迷信の間」という部屋の展示監督を務めて、ブルトンとデュシャンの協力のもとにユニークなインスタレーションを完成させます。これが当時としては大胆きわまる試みだったそうで、今で言う現代アートのインスタレーション概念の先取りだったでしょう。そしてキースラーはその後「エンドレス・ハウス」という建築理念を展開させるのですが、それは完成を迎えることはとうとうないままでした。

 なにせキースラーという建築家は生涯にたった一点だけ建築作品を作ったのみ、というのですから、それで後世まで名を残すなんてほとんどサギですね(笑)。しかし、彼が描いた「エンドレス・ハウス」の設計プランなどは曲線を多用した有機的な空間認識が特徴で、今見ると、まるで伊東豊雄さんです!或いは預言者的建築家だったのかもしれません。晩年は一切の創作活動をしないでチェスだけしていた(実際は「遺作」を作っていたのですが)あのマルセル・デュシャンにもちょっと似たところがあると思います。研究文献としてはただ一冊山口勝弘氏の『環境芸術家キースラー』というのがあるそうですから、僕ももっと勉強してみます。しかし興味深い存在というのは、世界の歴史にはわんさかいるものですね(笑)。

 キースラーとデュシャンとの類縁性に興味がある、と言いましたが、このところずっと気になっているのが、デュシャンの創造した概念であるアンフラマンスです。「極薄(ごくうす)」とも訳されます。いずれヒマを見つけて?この概念について集中的に考えてみたいと思います。いや、現代美術に関心を持つかたで、この謎めいた概念に惹かれるかたは多いと思いますが。

「非常に近いところでの銃の発射音と標的上の弾痕の出現との間にはアンフラマンス状の分離がある。」
                                (マルセル・デュシャン 『ノート』)

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