林浩平の《饒舌三昧》

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zoom RSS 京都は相国寺の承天閣美術館では「山水展」、名品がズラリです

<<   作成日時 : 2018/02/24 12:21   >>

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 宿の梅 あるじと共に 老いにけり     (高濱 虚子)

 詞書に「七十回誕生日に子供達集る」とある昭和18年の作です。虚子さん、生れは明治7年の2月22日、おや、誕生日が吉増剛造さんと同じですね。これは意外!虚子の住んだ鎌倉、今年の冬は寒かったとはいえ、梅も咲き出しているでしょう。わが家の近所の白梅は満開に近いですね。

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 わが家のリビングの掛け軸を、いまの季節に恒例の「雛人形之図」に掛け替えました。このブログにはもう何度めかの登場です。落款(上の部分が見えます)とともに「秀石謹写」の文字があります。秀石とは祖父の弟だった坪内秀雄(大叔父です)が、恐らくは昭和の初めに描いたもの。身体が弱くて、その後しばらくして亡くなりました。老母から引き継いだ墨蹟の坪内家名簿?には、「明治三十五年十一月生」で「南画ヲ学ビ画業」とあります。うーん、親戚に画家がいたかというのは、なんだか感慨があります(笑)。

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 冬の京都を訪ねました。ちょうど臨済宗の名刹の相国寺(しょうこくじ)にある承天閣(じょうてんかく)美術館では、「山水――隠谷(いんこく)の声 遊山(ゆさん)の詩(うた)」という展覧会が開かれています(3月25日まで)。名高い金閣や銀閣もこのお寺の末寺?にあたるとかで、とにかくここが持つ山水画は、周文、牧谿、夏珪、雪村、狩野元信、長谷川等伯から、江戸の池大雅、円山応挙とビッグネームの名品多数。これは見逃してはいけません。新幹線で着いた京都駅から地下鉄で今出川駅まで。同志社キャンパスのすぐそばの相国寺に乗り込みました。

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 まず迎えるのが、このお寺の開祖である夢窓疎石の墨蹟です。これは禅宗でいう「偈(げ)」ですね。三行目に「蕩子の生涯、貯蓄無し。渓山雲月、これ青氈(せいせん)」と読めますが、「流浪の子に財産などない。この山水こそがわが宝なのだ」という意味とか。確かに見事な字です。

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 以下、簡便な図録冊子を接写した画像をお目にかけます。まず南宋の牧谿の作である「豊干(ぶかん)寒山拾得図」。寒山拾得は南画でお馴染みの風狂のコンビですが、彼らの師匠の豊干さん、虎の背中に乗る図が多いようです。ここでは右奥にいます。そして同じく南宋の夏珪(かけい)の「松下眺望山水図」、さらには伝周文とされる「山水図」です。みんないいですね。(画像をクリックするとぐんと拡大されます。)

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 「寒山行旅山水図」と題されていますが、山水画を描いたのは、元の張遠。それに高僧の絶海中津が讃を寄せています。「江天の夕陽が、雪がやんだあとの晴れた空の美しさをほしいままにしている」、始まりはこういった大意です。中津のストイックな楷書、これも禅の修行の賜物でしょうか。

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 続いては、狩野派の二代目の元信の筆になる「商山四皓(しこう)山水図」です。三幅対の右の二枚。四人の隠者が集っています。それから、長谷川等伯の六面一双の「探梅騎驢(きろ)図屏風」。こちらもさすが、です。等伯といえば北陸の能登の七尾の出身です。去年9月に富山の高志の国文学館で講演した後に、七尾にも寄って、七尾美術館を訪ねたのですが、期待した等伯はなくて、なぜか宇宙戦艦ヤマト展をやっていてガックリ、でした(笑)。

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 こちらは、池大雅2枚と円山応挙です。はじめの大雅は、六曲一双の「渓亭春興・秋山行楽図屏風」の春興のパートです。紙本淡彩で描かれています。次のは重文の「白雲紅樹図」、絹本着色です。さすがは大雅、ですね。ちょうどこの4月と5月に、京博ではこの大雅の大回顧展が催されるよし、これは京都再訪です。

 六曲一双の「山中清遊図屏風」、これは円山応挙の筆です。応挙、他に何点か出ていました。タッチは精確でモダン、弟子の芦雪たち「綺想の画家」ブームの陰に隠れがちな昨今ですが、応挙、けっこう好きですね。

 とにかく、こういった水墨画の名品がズラリ、ですから、ぜひお薦めです。これで入館料が800円とは臨済宗は太っ腹、と感心。

 ちょうどこの時期、「京の冬の旅」キャンペーンの期間で、各社寺では特別公開をしています。相国寺の塔頭の林光院でも、完成したばかりの襖絵の展示をやってました。これらの絵を描いたのは、藤井湧泉さんという絵師ですが、1964年生れの中国人とのこと。姓が藤井なのは、日本人の女性と結婚して養子に入った?からでしょう。中国で水墨画を学んだよし。なんといっても人気の的は、この「虎図」でした。トラ?ネコでしょ、というところがウケる理由です。僕も絵葉書をお土産にしました(笑)。

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 さて、お別れの引用句、五山文学を代表する漢詩人でもあった絶海中津を引きたいのですが、昔読んだ寺田透さんの『義堂周信・絶海中津』(日本詩人選・筑摩書房)は研究室の書棚です。そこでピンチヒッターに、中津の先輩詩人だった周信の詩をちらと引きます。こちらは別の寺田さんの書物で論じられてました。引用の後に、僕の口語訳を付けます。どうぞ。

「老景人日ニ添ヒ。残齢幾牙ヲ減ゼンゾ。宮粧ハ我事ニ非。彩勝誰ガ家ニカ属ス。」
(夕陽の影は正月七日に長く引き、こうしてまた歳をとるんだなあ。あでやかに外見を繕うのはいやじゃ。派手なことはわしのやりかたじゃない。)
                      (義堂 周信     『次韻人日』)

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