林浩平の《饒舌三昧》

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zoom RSS 仙川周辺の江戸期・庚申塔巡りです+十田撓子『銘度利加』書評、岬多可子さんありがとう

<<   作成日時 : 2018/03/18 00:54   >>

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結局は 雀が似合ふ 藪椿     (安東 次男)

 あんつぐさん、そのエッセイの文体にも独自のものがあり、ことに古美術、焼き物を語る文章など絶品です。この句で、初句と二句「結局は雀が似合ふ」、この断じかたが、あんつぐ節ですね。椿の季節ですが、藪椿、実物にお目にかかるのは稀です。

 このところ、遺跡や古墳に関心があって、このブログでも、先月は和歌山市の大谷古墳探訪のことを、昨年の夏には、紀州は御坊の岩内古墳、有間皇子の墓か、というので詳報しました。僕の住んでいる地元の仙川界隈も縄文遺跡の宝庫ですが、もっと近年の歴史遺産にも眼を向けてみましょう。先日の夜、家人がテレビのチャンネルを誤操作して地デジの11CHに合わせたら、通称三鷹ケーブルテレビ、正しくは「J:COMチャンネル 武蔵野三鷹エリア」で流していた「考古学講演会・北野村と庚申塔の歴史を探る」に行き当たったよし、書斎で執筆中の当方に、「あなた、遺跡の番組よ」と声がかかります。リビングでつい見てしまいました。仙川のわが住まい、住所としては三鷹市北野ですが、江戸期の北野村の歴史の話です。紹介された庚申塔、へええ、ご近所にこんなものがあったとは。翌日さっそく自転車で行ってみました。

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 すぐ見つかりましたが、いまは立派なお堂になっていて、モダンな塀で囲われています。「北野庚申堂」の看板もあります。ここは、中央高速道のすぐ南の住宅街の端っこ、このあたり、現在は武蔵野外かく環状道路という、大深度地下に造られる高速道路の作業現場となっていて、地下から掘り出す土を運ぶダンプの出入りがひっきりなしです。この庚申塔、メインは四基の石碑ですね。

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 庚申塚(塔)に彫られるのは、見ざる言わざる聞かざるの三匹の猿の形象だとは、ケーブルテレビが伝える講演会の講師の考古学専門家の話でした。ここにもお猿さんが何匹もいます。そもそも庚申参りとは、庚申の日の夜に人々が集って念仏を唱える行事。日本では平安時代から始まったものが、江戸期になって庶民の間に広まったのだそうです。この北野村も江戸になって水田開発なども進み、村として整備がなされてきたのでしょう。この庚申塔が出来たのは、解説には出てませんが、脇の石碑に、「宝暦十三年(1763年)」と彫られてますから、その年の建立でしょう。

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 碑面には、この塔を奉納した村人たちの名前も彫られていますね。このあたりに、250年前に暮らしたひとたちの存在感が急にリアルなものに感じられました。庚申塔、この近くにもまだあるのですよ。自転車に乗って、3分ほど仙川駅方面に向かいます。白百合女子大を通り越してすぐ、現在はスーパーのいなげやのある前の道路脇に建っています。

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これですね。だいぶ碑面の剥落がひどいようです。人通りの多い場所ですから、誰かが花を供えています。解説によると、これは下仙川村の弁天坂の庚申塚、とのこと。寛永元年(1704年)の建立です。

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 この庚申塔の後ろの丘状の土地、こうやって整備されるまでは、雑木林でしたが、なんとも暗い雰囲気の陰気な場所でした。昔は「痴漢注意」の立て札もありましたね。仄聞するところ、江戸時代どうもここは、徒刑場だったとのこと。罪人が斬られた場所でしたか。現在はコインパーキングとなっています。

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 この下仙川村の庚申塔から、仙川通り(三鷹や吉祥寺に向かうバスが通ります)をそれこそバス停三つほど進み、中原小学校のところを少しつつじが丘方面に行くと、もうひとつ庚申塔がありました。中原4丁目のものです。ここにも、三匹の猿が彫られています。説明板によると、これは寛文六年(1660年)のもの。これが一番古いですね。江戸時代、このあたりがまず村落化して、それから順に北へ、下仙川村、北野村と集落が増えていったのでしょう。

 そもそも仙川の流れるこの周辺は、三千年ほど前の縄文時代の遺跡も多数あるうえに、近くの新川団地からはなんと旧石器時代といいますから、二万年ほど昔の住居跡も発見されています。中原地区、もっと方々を掘れば、遺跡が発掘できるのでは。この近所に、遺跡じゃないかと疑われる一画も見つけています。画像をどうぞ。

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 さて話題は変わります。このブログでは、十田撓子(とだ・とうこ)さんの詩集『銘度利加(めどりか)』刊行のお知らせや、またH氏賞受賞しました、というお目出度いニュースも伝えています。旧友の十田さんが初めての詩集を出すにあたって、その出版に僕があれこれお節介を焼いて、吉田文憲さんともども解説も書いているというので、ついフォローしているのですが、いやそんな身びいき?を超えて、この詩集はとても深いポエジーを孕んだものと思います、それで一冊の魅力を吹聴したくなっている次第です。(詩集の画像をご覧ください。装幀を担当したデザイナーの猿山修さんのHPから借用しました。)

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 このほど書評専門紙の「週間読書人」で、詩人の岬多可子さんが、この『銘度利加』について、とても精妙な読みを提示くださっての素晴らしい文章を寄稿くださいました。ぜひそれを皆さんにもご覧いただきたく、WEB書評のURLをここに紹介いたします。

 http://dokushojin.com/article.html?i=2909

 どうぞご覧ください。

 それから、ついでに、というので恐縮ですが(笑)、同じWEB書評に、僕が『白石かずこ詩集成』の第一巻の書評を書いています。それもご覧いただけます。(さらに展開くだされば、先年書いた他の書評や、一昨年に吉増剛造さんと行った対談も読めます。)ぜひどうぞ。

 http://dokushojin.com/article.html?i=2716

 今日はもうひとつ、オマケの画像を加えます。3月16日には、僕の勤務する恵泉女学園大学の卒業式がありました。僕は、10年間の特任期間をこの3月で終えるので、いわゆる定年退職です。63歳、まあもう定年年齢ですね、若作りしてますが、出生履歴は変えられません(笑)。卒業式後の茶話会で退職者へ花束を、のセレモニーがあり、ピンクのきれいなチューリップを贈ってもらいました。その際に、担当した「文芸創作ゼミ」の学生諸君らと記念撮影をしました。珍しくネクタイです。卒業式、これでお仕舞いか、と思うと、いささか感慨がありました。

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 お別れの引用句、十田撓子さんが愛読する、フランスの詩人のフィリップ・ジャコテから、としましょう。僕も好きな詩人です。僕が読むのは、後藤信幸さんによる翻訳ですが、フランス語が堪能な十田さんは、ガリマール書店の原書で読んでいます。いつぞやその書影を送ってくれましたが、どこかに紛れてしまいました。

「花々、鳥、果実、それらを 確かに 私は招いたことがある、
 それらを見、示し、こう言った、
 《脆弱(もろ)さこそ 力だ》と、」

                     (フィリップ・ジャコテ  「冬の光に」(後藤信幸訳))

 





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