今日は詩の話をします。


 春暁(しゅんぎょう)の あまたの瀬音 村を出づ   (飯田 龍太)

 新聞報道で飯田龍太氏の訃報に接します。逝去は先月25日。86歳でした。父・飯田蛇笏の跡を継ぎ、俳誌「雲母」を主宰しながらも、92年に通巻900号で伝統あるそれを終刊にしたのは結社の拡大しか頭にない凡百の宗匠俳人らを驚かせたものです。飯田家は山梨の大地主。旧家を守る暮らしのなかで故郷の風土を清新な抒情句として謳いました。この句、春の早朝、枕元で近くの川の瀬音が急に高まったのを聴き、はっと目覚めた直後の作でしょう。冬の間に積もった雪が溶け出して、水かさが増したのです。「村を出づ」がいいですね。

 さて今日は、僕の専門である詩の話をさせて下さい。世間ではただでさえマイナーな現代詩。その現代詩の世界でも、おそらくこのふたりのことが話題にされるなんてことはまず滅多にないでしょう。詩の若い読者のなかには名前を知らないひとだっているはず。ひとりは黒田喜夫。「きお」と読みます。1926年に生れて84年に亡くなっています。山形県の出身で、小学校卒業後上京、戦後は共産党に入党して郷里に帰り農民運動を行うものの結核を患い、東京の左翼系の出版社で働きます。代表的な詩篇に「毒虫飼育」「空想のゲリラ」「ハンガリアの笑い」「非合法の午後」。題名をこう並べるだけで、(共産主義)革命の幻想を生きる骨太な叙事詩的世界というものが想像できるでしょう。特に「毒虫飼育」は名作です。安アパートの一室で「おふくろ」が蚕を飼いだすという狂気を主題とした物語詩。抑圧された「人民」の見る夢の形象を手応え確かな言葉で描きます。

 しかし、このブログの亭主たる小生の得意領野?とはいささか異なる左翼詩人のことを、どうしていきなりここで紹介し始めたのか。その訳は単純です。今日、大学図書館の書庫に入ってしばらく調べものをしていると、書架の並びに黒田喜夫の『詩と反詩』という著作があったのでなんだか懐かしくてつい借り出してきた、というわけです。いや普段はこの詩人の名前が意識に上ることなどもう久しい間絶えてなかったのですが、昨年吉増剛造さんを囲む会の折に、仏文学者の鵜飼哲さんと喋っていたら、鵜飼さんの口から彼の名前が出ました。鵜飼さん、彼の全集刊行をどこだかの出版社で企画しているそうですが、なかなか話が進まない、と嘆いています。それが実現されれば、きっと新しい読者も生れるでしょう。とりわけ「パレスチナ」という、日本人にはいわばもっとも「他者」性の強いファクターを権力性への「抵抗」の核心に置いて思考する鵜飼さんのような知性が媒介者となって黒田喜夫全集が生れたら、何か新しい読み方の可能性が生れるかもしれません。

 僕がその昔に黒田喜夫を読んだのはご多分にもれず「現代詩文庫」でした。とりわけ「自伝に代えて」と副題のある「1959年夏の日記」が抜群に面白かったです。闘病の日々、また本人にはいわゆる思想闘争を続ける日々でもあったでしょうが、毎日彼を襲う猛烈な食欲というのがすさまじいまでのリアリティで描かれます。「朝、寝たまま食事。にぎり飯、みそ汁、卵焼」なんてくだり、ご飯がとてもうまそうです(笑)。「詩文庫」シリーズのなかの日記では吉岡実篇と双璧だ、とはひとりの詩人の友人とも確認しあった次第です。

 もうひとり、この機会に紹介したいのは山本沖子さん。山本さんは生年を明らかにされませんが、恐らくは大正時代末でしょうか。僕が一度お目にかかった時は、もう15年も昔ですが、すでに「お婆さん」でした。(今もご健在のはずです。)当時、小池昌代さんと渡邊十絲子さんと僕とで出していた詩誌「ミニヨン」にゲストとして詩作品を寄せて頂きました。山本さんの第一詩集『花の木の椅子』が昭和22年に大阪創元社という当時は一流といっていい出版社から刊行されたのは、ひとえに山本さんの「詩の師」である三好達治の強力な推薦によるものでした。

 弥生書房の復刻版の杉山平一氏の解説によれば、三好は彼女に「君の詩はやさしく見えるが、大衆的でない。貴族的で理解されにくい。女の人には先ず分からないだろう」と語ったそうです。しかし、この言葉は恐らく急所を突いた評価であるものの、当時の初刷り3000部はまたたく間に売れて、増刷を何度か重ねたそうです。山本さん、僕には「あの俵万智さんのデビューのときのような感じだったでしょうかね」と、恥ずかしそうに仰います。けれどもその後30年近く、まったく詩が書けない時期が続いたそうです。そして昭和50年の夏に突然また詩が書けだした、と言います。詩の女神は時にしばしば気まぐれですね。

 そうそう、どうしてこの山本沖子さんのことを久しぶりに思い出したのか。それは先日ここで話題にした尾崎翠からの連想があったからです。山本さん、見た目は明るい、庶民的な笑顔のお年寄り。お話しぶりも闊達です。しかし、その詩心の奥にはユングのいう、アニマとアニムスとの葛藤?が潜むかのようです。つまり、僕には、深い分裂症的なものの介在が感じられてなりません。その山本沖子さんのスキゾ型ポエジー、以下にご紹介しましょう。佳篇です。

「春になった幸いな感じの季節
 お洗濯しながら
 お洗濯しながら思いました
 
 汚れたからだの私
 お湯に行って
 きれいに
 髪の毛もきれいに洗いながら思いました

 だれが私をゆるしてくれるのだろうかと
 ああだれが
 私をゆるしてくれるだろうかと」
                       (山本 沖子  「不思議な夕方」)
 

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